ロンネブルク城(Burg Ronneburg)の歴史

ヘッセン州

Burg Ronneburg

この城の城主はブューディンゲン城の城主と同じです。

中世イベントが充実しており,訪れて楽しい城です。中世祭ショートーナメントはそれぞれのページをご覧ください。

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ロンネブルク城の歴史年表

1258年
文献に残る最初の城主,ミニステリアーレ(Ministeriale)一家が住んでいたようです。
1313年
マインツ司教が相続します。管理人として下級貴族を利用し,世襲封土としました。
1346年
新しい管理人として,クロンベルク(Kronberg)の2つの騎士の家系がその役職を勝ち取りました。が,抵当に入れられ司教が買い戻しました。
1371年
既に司教は名ばかりの城主になっていましたが法律上は城主でした。司教の同意でクロンベルクのフランク(Frank)は,第3城門(Brunnenhaus)とパラス(Palas)を改築します。何度も起こったフランクフルト(Frankfurt)との争い等において,重要な拠点でした。
1407年
マインツ司教区の都市の協力を得て買い戻しに成功します。
1475年
ナッサウ(Nassau)とイーゼンブルク(Ysenburg)の間でロンネブルクをめぐる緊張関係がずっとがありましたが,イーゼンブルク家出身のものが司教に就くことにより,イーゼンブルク家が統治することになりました。快適に住めるよう,少し改築しました。
1538年
馬屋,穀物倉,ワイン倉等が徐々に完成しました。
1560年
アントン伯(Graf Anthon)は晩年,通風のためロンネブルク城で過ごします。水城のブューディンゲン(Büdingenやヴェヒタースバッハ(Wächtersbach)より過ごし易かったようです。
1581年
塔の改築が完成します。
1621年
30年戦争の時,中立を保とうとしたがそれは困難なものでした。不注意から北東部を焼失してしまい,再建しました。その後“信仰の駆け込み寺”となり,いろいろな亡命者がやってきました。
1736年
ヘルンフート派同胞教会(Herrnhuter Brüdergemeinde)の場所を探しているツィンツェンドルフ(Zinzendorf)伯の襲撃を受けます。
1821年
法律が変わり,もはや独立国として振る舞うことは出来なくなってしまいます。
1885年
次第に人口が減少し,最後の住民も去り,ついには人の住まない城になってしまいます。
1890年
ヘッセンの文化財として保存しようという運動が起こり,城が研究されます。
1988年
最初に城の歴史が公開され,博物館として公開され,馬屋がレストランとしてオープンします。Förderkreises Burg Ronneburg e.V.が城の管理を任されることになりました。

アクセス


開館期間および時間
3月~12月:10時~17時。月曜休館
2月:土曜日,日曜日の10時~17時
所在地
Förderkreis Burg Ronneburg e.V. 63549 Ronneburg
Tel.06048-950904   Fax.06048-950906
博物館は見学自由。ガイドが欲しい時は要連絡。
http://www.burg-ronneburg.de
3月から12月の間,土日は何らかのイベントをやっているようです。ここで年間行事予定表を確認してから行くことをお勧めします。
城主
Wolfgang Ernst zu Ysenburg und Büdingen