ミニステリアーレ(Ministeriale,Ministerialität)‐隷属的騎士

カロリング朝,メロヴィング朝の時からからすでにその身分は見られました。

貧者もいれば富者もいます。

もともとは農民階級であり,自由のない使用人の上流階級です。

隷属的ではありますが騎士になることができたという点で,自由民の富裕農民に優越することはできましたが,富裕農民からは,貧しいミニステリアーレは哀れみと軽蔑の目でしばしばみられていたようです。

目次

ミニステリアーレの歴史

ローマ時代

ミニステリアーレの概念はローマ時代からすでにありますた。

給仕を仕事とする無給の宮廷使用人です。

この人たちは無給ですが,法的地位が約束されており,能力により昇進する機会がありました。

7世紀

メロヴィング朝時代になるとミニステリアという用語が使用されるようになります。

ミニステリアは組織化されていますが,隷属的な農場労働者にすぎません。これは官職や任務範囲を持つものとして定義できます。

この状態は,カロリング朝時代まで続きます。

10世紀から11世紀

人口増加により,経済構造に変化を生じます。

ミニステリアーレが広まっていきます。

領主や教会,修道院たちは,自分たちの所領や財産を管理する必要があり,ミニステリアーレたちがその職務に就きました。封建領主たちは,不自由な使用人たちを好んで採用し,資産を管理させました。

自由のない使用人とはいえ,彼らは特権グループとなりました。隷属的な要素を残しつつも彼らの地位は向上していきます。

そして中世ドイツの騎士の大部分は,ミニステリアーレに属する者たちから採用されました。

フランスとドイツの騎士の違い

フランク帝国の中心地であり,後にフランスとなった西フランク王国は,騎士の殆どが自由家臣でした。

後にドイツとなった東フランク帝国では,騎士の独立性はほとんど存在していませんでした。王,公爵,伯爵たちが自分たちの地位を脅かされないように細心の注意を払い,必要以上の領土を与えないようにしていたからです。

12世紀

主君に奉仕することにより,法律に基づいて主君から采邑をもらって生活していましたが,勤務態度が悪ければ采邑を取り上げられたりしていました。また,結婚する際にも主君の承認が必要でした。

采邑を封土という形で与えられるようになり,封建制度の階級の中に汲み入れられるようになりました。それでもまだ隷属的な身分ではありましたが,自由騎士との距離は狭まっていきました。

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領主から与えられた封土をうまく管理することができれば,裕福になることができましたし,領主からの許可があれば,城を築いて領主としての生活を送ることもできました。

ミニステリアーレは法律に基づいて主君の城の管理や防御をし,封土にブルク(モットあるいは住居塔)を建立することもありました。封土はすぐに世襲制へと変わります。

帝国ミニステリアーレ(Reichsministerialen)はドイツ国王や皇帝に仕え,帝国領土を各種さまざまな役職に就いて管理していました。

特にシュタウフェン朝時代の皇帝はイタリア政策に翻弄しており,彼らに重要な職務を与えていました。

宮廷の管理,財務管理,その他主君の所有物の管理を任されていました。

不自由とはいえ,家臣として封建制に組み込まれることは,ひじょうに名誉なことであり,名声となっていました。

しかしそれでも,生涯に渡って不自由のままであり,下層階級の騎士に過ぎませんでした。

13世紀

ミニステリアーレたちは事実上,自由民として扱われるようになりました。

13世紀後半にはミニステリアーレ法がなくなり,主君の所有物を管理する必要がなくなりました。

隷属的要素は中世後期になってようやく消え,彼らは下級貴族となっていきました。

自由と不自由

騎士には自由騎士と不自由騎士がいます。

ミニステリアーレは不自由騎士です。

自由と不自由の違いは何でしょうか?何が違うのでしょうか?

自由民騎士

自由騎士にとって,君主は自分にとっての判事ということはなく,上級裁判所が自由騎士を管轄していました。

つまり,自分が使えている君主は,自由家臣を裁くことができませんでした。

これは,ある種の独立性を保証するものでありました。

不自由騎士

不自由騎士にとって,君主は,君主であると同時に自分にとっての判事でした。君主の強く依存していることを示しています。

領域内の司法権は,領主に大きな権力を与えるものです。

不自由家臣にとって,主君は永遠の脅威のようにみえていたようです。

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