モーゼル川沿いの山にそびえ立つコッヘム城。中世の時代はモーゼル川を行き来する船から関税を徴収していた税関城。
ライン川やモーゼル川沿いには,絵になる城が多いですね。
中世の時代から存在すると思われがちな城ですが,この城も17世紀に破壊され,現在の城は19世紀のロマン主義の時代に再建されたものです。
中世の城塞をリアルに再現したものであるため,まさかこれが19世紀に再建されたものとは思えない城となっています。
中世っぽくは見えますが,実際の中世の頃の姿とは全く異なるものです。
この城については,つわりでヘロヘロで頭がぼーっとしているときに行ったので,プレートメイルが何体もあったこと以外,覚えていません。
コッヘム城の見どころ
城からの眺め
城からの眺めが美しく,モーゼル川の流れとコッヘムの街の調和が美しいです。

訪れたのはまだ寒くて緑の乏しい春先で天気も悪かったです。
もう少し暖かくなって緑が増え,天気が良ければもっと綺麗な写真が撮れたのではないかと思っています。
博物館
内部はドイツ語のガイドツアーに参加することで見学することができます。
1日に2回(12:00と15:00)だけ,英語でのガイドツアーもあります。
ルネッサンス様式,新ゴシック様式など,様々な時代の調度品が展示されています。
騎士の間(Rittersaal)には十字軍時代の鎧のレプリカや,16世紀にトーナメント試合で使用された鎧のレプリカが展示されています。
コッヘム城への行き方
公共交通機関を利用していく
駅から徒歩で約20分かかります。

夏期およびイベント時はコッヘムのバスターミナルから城までシャトルバスが運行されています。
シャトルバスの運行時刻については,コッヘム城の公式サイトを御覧ください。
車で行く
学校の近くに無料駐車場があります。
そこに車を止めて城まで徒歩で行きます。
コッヘム城の歴史
- 866年
- プルム修道院からの寄贈の中でCuchemaという名で登場します。帝国所有となったその場所はエッツォネン(Ezzonen)に封土として与えられます。
- 1000年頃
- エッツォネン宮廷伯(Pfalzgraf Ezzonen)の城がこの頃に建立されたとされていますが,細かいことはわかっていません。この頃の城がどのような姿であったのかも,実際のところわかっていません。ロマネスク様式の八角形の塔と円形の城壁に囲まれていたと考えられています。
モーゼル川を行き来する船から通行税を徴収していました。
- 1150年
- 家系が途絶えると争いが起き,国王コンラート三世(Konrad III.)が城を包囲し,戦争を集結させました。その後コンラート三世は城を帝国城砦とし,帝国ミニステリアーレを配属させ,周辺の帝国領土を管理する役割を与えました。このミニステリアーレの家系は後に城伯(Burggraf)となります。
1282年にルドルフ・フォン・ハプスブルク(Rudolf von Habsburg),1294年にアドルフ・フォン・ナッサウ(Adolf von Nassau)といった国王が立ち寄った記録があります。
- 14~16世紀
- 確かな情報に乏しくわかっていないことが多いが,この頃に描かれた絵画により,コッヘム城が増築され,拡大していったことが伺えます。
- 1673年
- プファルツ継承戦争により,コッヘムはフランス軍に占領されてしまいます。城は,命令により1689年に破壊されることになります。プファルツにある城の多くは,殆どが同じような運命となりました。
その後,コッヘムはフランス領とドイツ領を何度か行き来し,最終的にプロイセン領となりました。 - 1868年
- ベルリンの商人と後の商務長官Louis Fréderic Jacques Ravenéが廃墟となった城を買い取り,自分たちの夏の邸宅として新ゴシック様式で城を再建します。現在の四角柱の等はこのときに建てられたものです。
- 1942年
- 城はプロイセンの法務省に売却されます。一部肖像画がナチス時代に破壊されます
- 第二次世界大戦後
- 所有権はラインラント・プファルツ州に移譲されます。現在は帝国城砦株式会社(Reichsburg GmbH)が管理しています。
コッヘム城の営業案内
- コッヘム城の開館時間
- 3月~10月:9:00~17:00
- 公式サイト
- https://reichsburg-cochem.de/
