あなたは、「ドイツの城」と聞いて、どんな城をイメージしますか?
- 玉座に座る君主と、君主に跪く騎士がいる宮廷と無骨な城?
- 山の上に立つ城のお姫様と白馬の王子様?
- 紳士淑女たちが舞踏会を楽しんでいるような城?
一口に、「ドイツの城」といっても、そこには城砦(Burg)、城館(Schloss)に、時に要塞(Festung)が含まれてしまっていることが多々あります。
これらの言葉に使い分けって、あるの?
もちろん、用いられている言葉が違うということは、それらに違いがあることを意味しているよ。
簡単に説明すると、下記のとおりになります。
本記事では、ブルク、シュロス、要塞の違いについて詳しく解説します。
さらに、
- ◯◯ブルクという地名がドイツに多い理由が知りたい
- 自分好みの城を訪れたい
という方にも、おすすめできる内容になっています。
ブルク(Burg)は軍事的機能を持った中世の城塞
ブルクとは、簡単に言えばいわゆる城砦で、軍事的機能を持った城のことです。
敵の攻撃から身を守るため、多くは守りやすい山の上に建つ山城(Hohenburg)や水に囲まれた水城(Wasserburg)になっています。
ブルクの特徴
見張り塔兼最後の砦でもある高い塔(ベルクフリート:Bergfried)を中心に、高い城壁で周囲を囲み、守りを固めていました。
居住性を犠牲にして軍事的機能を優先しているため、住心地は快適には程遠いものでした。
>>中世の城で騎士たちはどんな生活をしていたのか、詳しく知りたい方はこちら
城の構成要素は時代と立地に依存しています。
もっとも規模の小さいブルクは、ベルクフリートと呼ばれるの塔のみの城です。ベルクフリートが城の最小単位になります。
クロンベルク城のベルクフリート
ベルクフリートは、日本語では「天守閣」「主塔」と訳されることが多く、英語ではキープ、フランス語ではドン・ジョンと呼ばれる構成要素です。
最初は塔と環状囲壁のみの簡素な城でしたが、次第に跳ね橋、歩廊、矢狭間、堀、落とし格子、殺人孔、胸壁、城門、右螺旋階段等といった要素が加わるようになり、それらが様々な組み合わせで各城を構成しています。
>>ドイツの城の構成要素について、もっと詳しく知りたい方はこちら
ドイツでは、10世紀前半からブルクの建設が目立ち始め、1300年頃に最盛期を迎えます。
>>なぜこの時期にブルクの建設が盛んに行われたのか、詳しく知りたい方はこちら
ブルクのイメージと言えば、中世の荒々しい騎士たち。訪れる時は一騎士の気分になって、どうやって城を攻めるか、または守るかを考えながら見学することをおすすめします。
これってどうやって攻めるの?無理じゃない?って考えながら城を見るのって、楽しい~♪
難攻不落のようで何度も陥落していたり、その逆もあったり……。
15世紀になり火器が発達してくると、ブルクでは軍事的防御機能を果たせなくなり、あまり造られなくなりました。大砲の時代に、高い塔や城壁は敵に攻撃する的を逆に与えてしまうことになります。
それゆえブルクの時代は終わり、シュロスの時代へと移ります。
◯◯ブルクという都市名=要塞化した都市
ドイツの都市名に「◯◯ブルク」という名前が多いことに、お気づきの方もいるのではないでしょうか?
それって、かつてそこに城があったことの名残なの?
そうではなくて、都市そのものを城壁で囲んで要塞化した城塞都市だったことの名残だよ。
都市の名前からも、街の歴史をうかがい知ることができます。
- ローテンブルク(Rothenburg)
- ハンブルク(Hamburg)
- アウグスブルク(Augsburg)
- などなど
城塞都市といえば古城街道とロマンティック街道の交点にあるローテンブルク市が有名
都市住民は領主の庇護下で守ってもらう必要性があったため、多くの城塞都市は領主の管理する城に隣接して存在しています。
下記の帝国城塞は、都市名に-ブルクはついていませんが、城塞都市が一体化あるいは隣接しています。
日本では、町全体を城壁で囲んで要塞化することはなかったので、あまりピンとこないかもしれません。強いて言えば、小田原城城下町の惣構が近いかもしれませんが、そもそも概念が違います。
シュロス(Schloss)は快適な居住空間求めた城館
火器が発達するようになると、今までのブルクでは守ることができなくなったため、軍事的機能よりも居住性と行政機能を強化した城がシュロスです。
シュロスは、いわゆる城館です。
生活に不便な山の上よりも、利便性の高い平地に好んで立てられるようになりました。
水城は交通の便が良かったこともあり、ブルクからシュロスに改築された例が多く見受けられます。
日本でも、戦国時代の山城から近世城郭へと変遷したね。それと似た変化だけど、日本の場合は火器が理由ではないよね。
シュロスの特徴
ブルクからシュロスへの過渡期で、ブルクの特色を色濃く残したシュロスも多く存在します。そのためシュロスの軍事的機能と居住性には幅があります。
より快適な居住性を求めて、窓がほとんどないか、あっても小さな窓が少ししかなかったブルクに比べ、大きな窓が豊富に取り付けられるようになり、部屋が明るくなりました。
Schlossとなっていますが、ブルクの特徴も多く併せ持っているブラウンフェルス城
ブルクからシュロスへの過渡期の城は、山の上に建つお城の王子様やお姫様をイメージできる城。ただし、騎士の時代は終わっています。
ブルクの時代は防御性能を重視した右螺旋階段だったものが平階段に変わり、それに合わせて貴婦人のドレスが変わりました。
お姫様が平階段を降りてくるとき、ドレスの端が美しく広がり、華やかに映えるように変わったんだよ
>>シュロス以前のブルク時代のファッションについて知りたい方はこちら
野菜や薬草を育てていた畑に近い庭園が、美しい花で飾られ左右対称の美しい庭園に変わりました。
レジデンツ(Residenz)とはシュロスの一形態で都市部に立つ宮殿
シュロスの一形態で、領主の居館でかつ固定した行政機関としての役割が大きくなったものをレジデンツといいます。近世貴族の居城です。
近世以降に多数出現する世俗君主の居城に軍事的機能はありません。
かつては領主が領地にいくつもの城を持ち、城を転々と移動する生活をしていました(巡行王権)が、近世になるとその必要はなくなり、一箇所にとどまって生活するようになります。
レジデンツは、固定した居城および行政機関としての役割が大きくなったものを言います。
17世紀に入り、都市部に貴族たちが居住するようになってから建てられるようになりました。
舞踏会など、華やかな宮廷生活をイメージできるのが、レジデンツです。
一般的なシュロスは山の上や郊外に立っていることもありますが、レジデンツは防衛機能を持つ必要がないため、利便性の高い都市部に立ちます。
レジテンツシュロス(Residenzschloss)と表現されているものもありますが、多くは単に「シュロス」と表記されているにすぎません。
レジデンツシュロスの例
フェストゥンク(Festung)は軍事的機能に特化した要塞
従来のブルクでは近世の火器の発達には対応できず、すぐに陥落してしまいます。
そこで、大砲に対応できる防御機能を持った施設が登場するようになりました。それがフェストゥンクで、いわゆる要塞です。
フェストゥンクの特徴
ドイツではプロイセン方式と呼ばれる多角形式要塞が発展しました。
軍事的機能を重要視し、居住性は兵士が生活できる程度にはあります。
ブルクがあった場所にそのままフェストゥンクが建設されることもあり、そのようなものは城と紹介されることが多くあります。そのようなフェストゥンクは、ブルクやシュロスの面影を多く残します。
ロマンティック街道始点にあるマリエンベルク要塞は、ブルク、シュロス、要塞の要素が揃ってます
ブルクやシュロスと全く関係がなく、軍事的に重要な拠点に新たに建てられたフェストゥンクには、「塔」といったものが全く存在しません。
城壁は中世の頃に比べると低くなる一方で、厚さを増して大砲を置けるようになりました。
塔は弱点となるため、塔は次第に姿を消し、稜堡が周りを取り囲むようになります。
領主ではなく、軍服を着た兵士や司令官をイメージできるのが、要塞です。一軍人になって、要塞を眺めてみてはいかがでしょうか。
まとめ
城はブルクに始まり、武器の発展という時代の変化に伴い、その役割を変化させていきました。
ブルク→シュロス→レジデンツ
- ブルク
-
居住快適性を犠牲にし、軍事的機能に特化した領主の城で、不便な場所に立つ
- シュロス
-
火器が発達し、従来のブルクでは防御機能を果たせなくなった時代、居住快適性を高めた城
- レジデンツ
-
シュロスの一形態で、移動の必要性がなくなった領主が利便性の高い都市部に立てた居城兼行政機関
- フェストゥンク
-
大砲の時代に発達した軍事的機能に特化した要塞
名称からも、自分好みの城が探せるね
あなたは、どんなタイプのお城が好きですか?