中世貴族の服装の変遷

中世の服装

中世の人々も、現代人と同じようにファッションを楽しんでいました。

中世ヨーロッパの中でも、特に独特な文化と歴史を持つドイツ。その服装も例外ではありません。フランスやイタリアのような洗練された美しさとは異なる、力強く重厚なイメージが特徴です。

時代や地域、身分によって様々な様式があり、それぞれに意味や役割がありました。当時の文化、社会階級、さらには政治までも映し出しています。

時代とともに新しい素材、新しい形、新しい色が誕生します。

富裕層は温かい革や毛皮を購入することが出来ましたが、庶民は重ね着をして冬の寒さを耐えしのぐしかありませんでした。

日本とは違い、寒いヨーロッパでは頭部を守るための帽子は必須アイテムとなります。

衣類は現代のようにクローゼットに掛けて保管するものではなく、持ち運びしやすいように櫃に入れて保管していましたよ

城から城へと点々と移動して生活していた時代だったからね

本記事では、中世ドイツ貴族の服装に焦点を当て、その歴史、文化、そして詳細な様式までを網羅的に解説します。ドイツ特有の服装文化を理解し、中世ドイツ貴族の華麗な世界を体感してください。

目次

中世ドイツの服装史

中世の服装
中世の服装 Alois Greil (1841–1902), Public domain, via Wikimedia Commons

時代背景と服装の変遷

中世ドイツの服装は、その時代背景を反映して大きく変化しました。

中世を大きく3つの時代に分けて、それぞれの時代について詳しく見ていきます。

中世初期(5~10世紀):民族衣装の影響を受けた質素な服装

ゲルマン民族の大移動を経て成立した中世ドイツ王国。さまざまな民族の移動や交流は、服装にも影響を与えました。

初期中世の貴族の服装は、民族衣装の影響を受け、比較的質素なものです。男性はチュニックとズボン、女性はチュニックと頭巾を着用するのが一般的でした。素材はウールや麻が主流で、染色は限られた色のみでした。

この時代はまた、現在のヨーロッパほど民族による衣装の違いはそれほどありません。

男性
  • 帽子:毛皮製やフェルト製。アイルランドやロシアのような帽子もあれば、ターバンのような帽子もありました。
  • アンダーシャツ:シャツはウールまたは木綿製で、金の刺繍が施されていました。首の開口部はそれほど大きくありません。
  • ボトム:タイツ型のズボン。染色されており、白いズボンは珍しいです。
  • オーバーコート(マントを含む):首のところでピンや留め金で止めていました。袖は長いこともあれば短いこともあり、流行によって変わります。紐や革ベルトで、体に固定していました。富裕層は袖口や首の開口部に、ボタンやリボンで異なる色を加えることもありました。

オーバーコートに関して、フランケンは短く、ザクセンは長かったという記述が残っています。

ゲルマン西部(特にフランケン)では半ズボンが好まれ、北ヨーロッパとドナウ川東では長ズボンが好まれていました。

女性
  • 頭部:既婚女性や寡婦は髪を結んで頭巾をかぶり、髪を隠します。この頃の頭巾はマントと一体となっており、頭からかぶって組のところで留めていました。未婚女性は髪を下ろすことが許され、飾りの付いたヘアバンドでおしゃれをしていました。
  • アンダーシャツ:男性より簡素な木綿のシャツ。袖下が腰まであることもあれば、袖がないこともあります。
  • オーバーコート(マントを含む):男性との大きな違いは、スカート丈が長かったこと。未婚女性はくるぶし丈のものを着ることもありました。素材は木綿が中心ですが、下の部分はフリース等の別の素材を使用しておしゃれをしました。

足元は、ストッキングではなく靴下を履いていました。

10世紀頃になると,、服装は色彩豊かになってきます。庶民は無染色の木綿の服を着ていましたが、貴族は色のある染色された服を着ていました。

中世盛期(11~13世紀):十字軍遠征とゴシック様式の台頭

マネッセ写本

マネッセ写本に見る男性と女性の服装

男性の間で、女性のような服装が流行っていました。

十字軍の時代です。11世紀遺構、十字軍遠征の影響で当方の分化が西欧に流入し、服装にも変化が現れます。

人の行き来が少なくなり、地域ごとに特徴を持つ民族衣装のようなものが誕生していきます。フランスやスペイン、ドイツに違いが見られるようになります。

ゴシック文化の台頭により、貴族はより華やかで洗練された複雑な服装を好むようになり、貴重な素材を使用した豪華な衣服が流行しました。

男性

長いチュニックにマント。男性のタイツ型のズボンがレギンス型のズボンに変わり、ベルトで固定するようになりました。

女性

ウエストを強調したシルエットのドレスを纏うようになります。素材も絹やベルベットなどの高級素材が使われるようになり、装飾も金糸や宝石を用いた豪華なものになります。

さまざまなデザインの頭巾が誕生。布の一部が下に垂れ下がった頭巾が流行しました。

中世後期(14~15世紀):ブルジョワジーの台頭と服装の多様化

経済の発達によりブルジョワジーと呼ばれる都市民階級が台頭し、服装にも多様性が産まれ、都市部からファッションの流行が広まるようになりました。

服装は体のラインを強調するよう細くなり、長いゴシック風のスタイルから脱却します。一方で、貴族は従来の豪華な服装を好みました。

ブルジョワジーも貴族の服装に倣い、洗練された服装を追求するようになります。

服装にも多様性が見られ、色彩も豊かになります。

さまざまな形のヘニン

ヘニン(Hennin)を着用した女性たち

フランドルやブルグンド地方のヘニンと呼ばれる帽子が、女性の間で流行。

ヘニンは円錐形の帽子で,上から長いベールが垂れ下がっているのが特徴です。

同じヘニンでも,その円錐形にはいろいろなバリエーションがあり,貴婦人たちは帽子のおしゃれを楽しみました。

Unknown engraver, Public domain, via Wikimedia Commons

プレーヌ(Schnabelschuh)

男性の間では、先端の尖った靴が大流行。この靴は、強く縛っておく必要がありました。

魔法使いが履いているような靴ね

プレーヌ(Schnabelschuh)
庶民の靴

貴族はおしゃれな靴を履いていても、庶民はそうもいきません。

  • 自分で掘って削って作った木靴
  • 足首にかけて紐で結ぶ革製サンダルに、地面の汚れやぬかるみにハマってしまうことを防ぐために、靴底に木の板を固定したもの

を履いていました。

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