アルプレヒツブルク・マイセン(Albrechtsburg Meissen)

ザクセン州

アルプレヒツブルクは,ドイツにおいて最初の後期ゴシック様式の城になります。ザクセンの中心地であり,マイセン司教の居城でもありました。

有名な陶磁器マイセン焼で有名なマイセン市にある山城で,ハーグ条約に基づく重要文化財となっています。

エルベ川を鏡面にして映し出されるマイセンのこの古城はとても美しく,ライトアップされたそのすがたは,さらに美しい古城となっています。

スポンサーリンク

アルプレヒツブルクの見どころ

エルベ川に映し出される城の鏡像が美しく,夜にライトアップされた城が川の水面に映る姿もまた美しいです。

エルベ川,石造りの橋,城下町,城の美しいハーモニーを,川の向こう岸から楽しむことができます。川の向こう岸は,絶好の写真スポットです。

アルプレヒツブルクはマイセン焼の発祥の地です。城のチケット,磁器工房のチケットそれぞれありますが,時間に余裕があれば,その両方がセットになったコンビチケットを利用し,両方を観て回るのがお得ではないでしょうか。

城を楽しむには,駐車場側の小道から丘の上の城へ登っていくルートのほうが,城の良さをより楽しむことが出来ます。

小道を登った先にあるものは,城から眺めるエルベ川の素敵な眺望です。

ドイツ語と英語のガイドが用意されており,英語はオーディオガイドを利用することになります。

Die Albrechtsburg Meissen

アルプレヒツブルクへのアクセス

公共交通機関を利用して行く場合

アルプレヒツブルクとマルクト,磁器工房等を巡回するバスを利用すると便利です。4月から10月のハイシーズンは,30分毎に走っています。

車で行く場合

アウトバーンA4を7番で降り,B101号線を行くと,マイセンに行けます。

ドレスデン(Dresden)からはB6を使用してマイセン方面に行くと良いです。

駐車場はエルベ川沿い,ライプツィヒ通り(Leipziger Straße)にあり,駐車場から城へ直接続く道があります。駐車場から城へと緑の小道をエルベ川を眺めながら登っていくのは,見どころの一つです。

アルプレヒツブルクの歴史年表

先史時代
城が建つ丘の上には,青銅器時代からすでにゲルマン人が居住していたと考えられています。しかし,この時代にはまだこの丘の上に城らしいものはありませんでした。
929年
国王ハインリッヒ一世(Heinrich I.)がソルブ人の主城であるガーナ城(Burg Gana)を陥落した際,城取りをするための新しい土地を探していました。そこで見つけたのが,後にマイセン(Meissen)と呼ばれる岩の上です。国を治めるのに適した場所であり,「ザクセン・アクロポリス」とも呼ばれました。当時は木製の建物と,木柵と土壁で取り囲まれた城です。
936年から968年
ザクセンの文書からマイセンの名が消えます。おそらく,ボヘミアの時代であったのではないかと考えられています。
968年
マイセン辺境伯によるこの地の征服が完了すると,マイセン司教に寄贈しました。マイセン司教の居城と教会は,この城にあります。
10世紀から11世紀
東はポーランド,南はボヘミアに接する国境地帯であり,東方へと領土を拡大しようとするドイツ帝国との国境紛争が絶えませんでした。国境線は幾度も変わり,一時的にドイツ帝国の領土ではなくなったこともあります。
1068年
マイセンの城主は城伯として文献に登場するようになります。以来,マインツの領主として拡大していき,マイセンの城下町として栄えていきます。
12世紀
ハインリッヒ・フォン・アイレンブルク(Heinrich von Eilenburg)が皇帝よりマイセン辺境伯に任命されました。ハインリッヒ辺境伯は権力拡大の飽くなき要求から領土拡大を推し進め,東方植民を奨励しました。現在のザクセン州はこの時代のマイセン辺境伯の領土とほぼ同じです。
シュタウフェン家とヴェッティン家との争いもありましたが,マイセンはヴェッティン家の所有物として確保されました。マイセンは同時に,帝国城塞(Reichsburg)でもありました。
ブルクは拡張され,石造りのブルクへと変遷しました。マイセンのブルクには3つの権力が同居しており,北東の辺境伯,南東の司教,西に城伯の建物がありました。
13世紀
城の設備が強化されました。東側は現在とほぼ変わらない防御施設になりました。石の橋はこの頃に建設されました。西側はパラスト礼拝堂だけでしたが,ベルクフリートが立てられ,橋を渡る者を監視していました。
15世紀
城伯は次第に追いやられ,統治者でいることができなくなりました。城伯の管理下にあった建物は壊されます。この時代に城は後期ゴシック様式のシュロスへと姿を変えます。
1485年
エルンスト(Ernst)とアルブレヒト(Albrecht)がチューリンゲンとマイセンを統治していましたが,共同統治が禁止され,領土が二分されました。マイセン地区はアルプレヒトの領土となります。
三十年戦争
城は大きな損害を受けます。
18世紀
ヨーロッパ初の磁器工房が城内に建設されます。職人たちが城に幽閉され,技術が外にもれないようにして製造されていました。
19世紀
磁器工房は他所に移され,工房があった場所は改修されます。19世紀の終わりには一般の人々も訪れることが可能となり,観光客で賑わうようになります。
20世紀
法律が整備され,アルプレヒツブルクは国の所有するものとなり,管理されるようになります。

アルプレヒツブルクの営業案内

開館時間
3月~10月:10:00~18:00
11月~2月:11:00~16:00
休館日:12月24,25日と1月7日~18日
所有者
Staatliche Schlösser, Burgen und Gärten Sachsen gemeinützige GmbH
公式サイト
https://www.albrechtsburg-meissen.de/
Startseite | Albrechtsburg Meissen
Entdecken Sie die Albrechtsburg Meissen – das älteste Schloss Deutschlands. Ein Meisterwerk spätgotischer Architektur. Trendsetter seit 1471.