言うまでもなく,アイゼナハ(Eisenach)にある超有名な城です。よくワルトブルク城と表記されているのを見かけますが,ドイツ語読みを正しく表記すればヴァルトブルクとなります。
1206年にここで行われたと言われる歌合戦の伝説を,リヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner)が歌劇タンホイザー(Tannhäuser)の題材としました。
マルチン・ルター(Martin Luther)はここにかくまわれ,聖書をドイツ語に訳し,布教活動の拠点とした場所です。ルターが著した聖書は,その後のドイツ語の筆記法の基礎になっています。
バイエルン王ルードヴィッヒ二世(Ludwig II)はここの大広間をノイシュバンシュタイン城に模倣しました。

そして1999年12月,ユネスコ世界文化遺産の1つに選ばれています。
ヴァルトブルク城のフォアブルクは,現在古城ホテルとして運営されています。しかも5つ星ホテルです。ユネスコ世界文化遺産にもなっている古城で泊まれるなんて,こんな素敵なことはないのではないでしょうか。
ヴァルトブルク城の歴史は下記ページをご覧ください。

ヴァルトブルク城の見どころ
チューリンゲン方伯の居城ですが,マルチン・ルターを保護し,ルターはここで聖書をドイツ語に翻訳したことでも有名な城です。
宗教改革の発祥地として,歴史的に重要な場所であった,それでだけでも一つの見どころになっています。
中世のブルクの重厚な雰囲気や,見ごたえのある収集品など,1000年の歴史を感じさせてくれます。
ヴァルトブルク城への行き方
アウトバーン5号線(A5)を北上し,途中で7号(A7)に変わったすぐ後に4号(A4)との三叉路にぶつかります。そこで4号線に乗り換えてアイゼナハ(Eisenach)を目指します。39番又は40番で降り,後は“Wartburg”の看板にしたがって進みます。
ヴァルトブルク城の訪問記
駐車場からヴァルトブルク城まで
着いた時には山の上のヴァルトブルクの駐車場は既に「満車」の表示が出ていました。他の駐車場を探します。山の麓になりますが,小さな駐車場がいくつもあります。そのうちの一つの駐車場に停めました。
駐車チケットを買う券売機は,日曜,祝日は無料とあります。また,麓にある各駐車場から城までシャトルバスが出ています。
駐車場まで戻ってシャトルバスで行くことも考えましたが,そのまま歩いてヴァルトブルクまでの道を堪能することにしました。歩いて行った方が,城の遠景写真を撮りやすいです。

何とか城にたどり着くと,すごい人だかりができています。登ってくる時,何台も観光バスとすれ違ったのは確かだけど,本当にすんごい人です。しかもドイツ人ばかりです。
城のちょっと下の建物はレストランと喫茶になっています。
ヴァルトブルク城のガイドツアー
チケットを購入したものの,どこが博物館の入り口か分からりませんでしたが,地図が貼ってありました。店を出て,そのまま先へ進めばよいようです。
入り口にはカメラマンが待ち構えており,”ハロー”と声をかけては写真を撮っていました。来る途中に写真がいっぱい並んでいた店がありましたが,ここで撮った写真が現像されてそこに並ぶのでしょう。
騎士の間
ここでガイドツアーについての説明が始まります。
「・・・,英語,フランス語,ポーランド語,(中略),中国語,韓国語,日本語,...。」
とガイドさんが説明をしていました。なんのことなのかよくわかりませんでしたが,
「は~い!ポルトガル語」
と言って手を挙げたご婦人がおり,ガイドさんがポルトガル語のパンフレットを取り出したので,ドイツ語以外の人には説明のパンフレットをくれるということが分かりました。
というわけで,私も
「日本語~!!(ヤパーニッシュ)」
といって手を上げたら,日本語版をくれました。
翻訳版は読みにくいですが,あるだけでもありがたいですね。それにしても,ほとんどの言語が用意してあるとは,さすが超有名観光地です。
その後,見学における注意と,簡単な歴史の紹介がありました。フラッシュをたかなければ写真撮影可能です。
バケツヘルムはあまり出来のよいものではありませんでしたが,始めて見ました(十字軍時代初期の頃の兜で,形がバケツみたいなので勝手にそう呼んでいます)。隣にはチェーンメイルを来た騎士のマネキンがあります。剣も置いてあり,壁には木製の四角い楯があります。
ガイドさんが説明をしている時,ふと窓を見ると,子供が縦に並んで座っていました。壁の厚さを実感できます。1m以上あるのではないでしょうか。
食堂(Speisesaal)
ここで博物館が設立されるに至った過程が説明されました。この部屋に展示されていた家具とタペストリーの絵が素晴らしいです。
エリザベートの間(Elisabethkemenate)
この部屋には聖エリザベートの生涯が壁にモザイクとして張られています。
モザイクそのものは1902年~1906年にかけて作られたものらしい。きれいです。暖炉の上から天井までモザイクです。
礼拝堂
1317年に他の場所にあった礼拝堂が火事で焼け,1320年にここに再建されたのだそうです。壁には,かなり色褪せて分かりづらくなっていますが,6人のキリスト教の使者が描かれている壁画があります。
ここではあのマルチン・ルター(Martin Luther)の説明がなされました。
歌合戦の間
壁には歌合戦の模様を描いたフレスコ画。後ろには素晴らしい箪笥。舞台にはタンホイザーの説明がありました。
ここがヴァーグナー(Wagner)の歌劇タンホイザー(Tannhäuser)の舞台。
方伯の間(Landgrafenzimmer)
壁にヴァルトブルク建設に至るいきさつの物語があります。時は国王が何人も存在した時代,ここの方伯は対立国王派,その時のいざこざの物語でもあります。
ヴァルトブルクの名の由来:
〟Wart’ Berg, du sollst mir eine Burg werden!〝
読み:ヴァルト ベルク ドゥ ゾルスト ミア アイネ ブルク ヴェルデン
意味:待てよ,この岩山,いつか俺の城になるだろうよ。
祝宴の大広間(Festsaal)
奥行き36mもある部屋です。バイエルン王ルードヴィッヒ二世はこの部屋を真似ました。
1817年10月18日,この部屋に500人の学生が集まり,ドイツにおける最初のブルジョア野党勢力が誕生しました。
この部屋は現在でも使用されており,定期演奏会の他,アイゼナハのギムナジウム(Gimunasium:ドイツの進学高校)の卒業式にも使われております。
こんな所で卒業式とは,うらやましい。
以上,ここまででガイドツアーは終了。この先の博物館は自由見学となります。
ヴァルトブルクの博物館
変な間抜けな顔した水差し,甲冑,本(たぶん羊皮紙製),おびただしい数のナイフとフォーク(柄の部分にはいろいろな細工が施されていた)が展示してありました。シカの角になっていたり何かが掘ってあるのは,使いにくそうにみえます。
土産物屋でこの城のコレクションパンフを売ってました。武器庫の武器コレクション,調度品コレクション。博物館に展示されているのはこの中の極一部に過ぎません(それでも結構な数です)。
博物館の最後には,ルターの部屋があります。ただの何の変哲も無い部屋ですが,ここでルターが聖書をドイツ語に訳したのかと思うと,感慨深いです。
ヴァルトブルク城の営業案内
城内の見学はガイドツアーのみです
夏期(4月~10月)
毎日 8:30~17:00
英語のガイドツアー
毎日 13:30
冬期(11月~3月)
毎日 9:00~15:30
12月24日
最終ガイドツアーは11:00
12月31日
最終ガイドツアーは14:00
英語のガイドツアー
毎日 13:30
- 開館時間(年中無休)
- 3月~12月は8:30~17:00
11月~2月は9:00~15:30
パラスはドイツ語のガイドツアーのみ。その後の博物館は自由見学。 - 所在地
- Wartburg-Stiftung Auf der Wartburg 99817 Eisenach
- 城主
- Wartburg-Stiftung