イギリス国王リチャード獅子心王が幽閉されたトリフェルス城(Reichsburg Trifels)

ラインラント・プファルツ州

十字軍帰りのイギリス国王リチャード獅子心王が幽閉されていた城です。
ワイン街道をちょっと外れたところにある,高さ494mの太陽山(Sonnenberg)の山頂に立つ山城です。

トリフェルス城


ハーグ条約に基づいて保護されている文化財です。

シュタウフェン朝時代,中世最盛期の1130年から1310年まで,帝国城砦(Reichsburg)であり,カイザーブルクでもありました。

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トリフェルス城の見どころ

シュタウフェン朝時代の中心地であったので,それだけでも歴史ロマンを感じさせます。
それにちなんで,城内の博物館には神聖ローマ帝国に関連する宝物のレプリカが展示されています。
中世の城としては保存状態がよく,中世の貴族の暮らしがよく分かる展示になっています。

イギリス国王リチャード獅子心王が幽閉された城とされていますが,それは伝説であり,歴史学的に確証されたものではないようです。

リチャード獅子心王の伝説と同様に,フリードリッヒ一世赤髭王(Friedrich I. Barbarossa)がここに眠っているという伝説もあるようです。
フリードリッヒ一世に関しては,キフホイザーで眠っている伝説もあります。

それだけ人気のある皇帝だったということでしょう。

トリフェルス城への行き方

最寄りのバルバロッサ駐車場に車を停め,城まで山道を歩いて登っていきます。
公共交通機関を利用する場合でも徒歩で登ることになりますが,それほど離れた場所ではないので比較的簡単にアクセスできます。

トリフェルス城の歴史年表

ザリエル朝時代
コンラート二世の頃に,最初の石製ブルクの基礎が築かれたと思われます。それ以前は木製のブルクが立っていたことが発掘調査により分かりました。

1081年
ここの騎士が正式な国王ではなく対立国王のヘルマン・フォン・ザルムにブルクを引き渡します。
1113年
皇帝ハインリッヒ五世のものになります。その後,1125年までハインリッヒ五世はよくこの城を訪れていました。
シュタウフェン朝時代
シュタウフェン朝時代に最も栄えます。皇帝フリードリッヒ一世赤髭王(Friedrich I. Barbarossa)はトリフェルス城を,皇帝の居城として帝国管理の城砦システムに組み入れ,この地域の皇帝権力の象徴となるようにしようとしました。主要な帝国城砦の一つになります。

1193年から1194年
皇帝ハインリッヒ六世は,身代金目的でイギリス国王リチャード獅子心王をここに幽閉します。リチャード獅子心王はここに約3週間囚われていました。
1194年
皇帝ハインリッヒ六世はトリフェルス城からシチリア遠征に出かけ,ノルマン帝国を征服します。ノルマン征服により,多くの貢物がトリフェルス城に運び込まれました。

1215年
城はフリードリッヒ二世のものになりますが,滞在たことがあるかどうかは疑わしく,ノルマンからの貢物はここではなくイタリアに運ばせてました。
1246年

国王コンラート四世はフィリップ・フォン・ファルケンシュタイン婦人に引き渡しました。
大空位時代
この城の存在意義はなくなります。
1330年
プファルツ選定候のものになります。
1410年
フランス革命までツヴァイブリュッケン公爵家のものになります。
1602年3月28日
落雷により炎上。パラスを中心に焼失します。
三十年戦争
付近住民の避難所となります。
18世紀
付近村落の採石場となり,この時の損害が一番大きいものとなります。
1851年
バイエルン国王ルードヴィッヒ一世は城の再建計画を立てさせ,1881年に再建図が出来あがります。
1866年
トリフェルス協会を設立し,再建管理します。

 1948年以降,城は国の管理になっています。

トリフェルス城の営業案内

所在地
Burgverwaltung Trifels 76855 Annweiler
 Tel: 06346-8470
開館時間
聖金曜日~9月まで,10:00~18:00
10月~11月,1月からイースター前の日曜日まで,10:00~17:00

12月は休館
公式サイト
http://reichsburg-trifels.de/
ドイツ語
リチャード獅子心王関連のイベントや中世のイベントが行われています。