フランク王国時代から中世後期まで、ヨーロッパの国々は
国を統治するための恒久的な政治の中心地である首都を持たず、多くの側近を従えて国内を転々と移動しながら支配していました。
これを巡幸王権(Reisekönigtum)といい、ドイツのみならず他のヨーロッパ諸国でも一般的な形態でした。
皇帝や国王だけでなく、公爵や伯爵といった王侯貴族たちは一か所に定住することなく、城から城へ、宮殿から宮殿へと数ヶ月ごとに移動しながら生活します。
本当は移動なんて面倒くさくてしたくなかったはず。移動し続けなければならない必要性があったから仕方なくしていました。
本記事では、
- なぜ国内を移動し続ける必要があったのか
- 城主不在時の城と領土の管理をどのようにしていたのか
について解説します。
なぜ国内を巡幸し続ける必要があったのか
君主たちは家族、側近、外交官、聖職者などからなる家臣をひきつれて移動します。彼らは政治と君主の保護だけでなく、君主の階級を示す役割も果たしていました。
皇帝が宿泊する城である帝国城塞は帝国内に点在しており、だいたい30㎞間隔で建設されています。当時、1日で馬で移動できる距離が30㎞だったからです。
>>帝国城塞について詳しく知りたい方はこちらをごらんください。
日本の宿場町がだいたい30km間隔。それと同じ間隔で領主の城が存在していたと考えれば理解しやすいよ。
君主が移動する主な理由は以下の2点です。
- 自分の政策を実行するために、民衆の面前に直接姿を現さなければ伝わらなかった「行政的欠陥」
- 「低い農業生産性」と「貧弱な交通網」による経済的理由
日本では、かつて天皇が変わると遷都を行っていた時代があったけど、それとはまったく理由が違うのね。首都がないなんていうのも、いまいちピンとこないわ。
政策実行のための行政的理由
「遍歴の支配」の主な理由は、効果的な行政の欠如
中世の神聖ローマ帝国は、首都から帝国全体を支配するのではなく、できるだけ「現場」で家臣たちと個人的な接触を持つことが重要視されていました。
そのため、君主は常に移動し続け、各地を統治する家臣たちと会うことを余儀なくされていました。
顔を突き合わせて、家臣たちと濃い人間関係を築かなければ、お互い信頼されなかったということかしら?
忠誠心なんて低かったから、直接会って睨みをきかせて従わせなければならなかったんだよ、きっと。
食料調達を目的とする経済的理由
当時のヨーロッパの農業生産性はひじょうに低いものでした。中世に農業革命がおこり食糧生産が増大したとはいえ、まだまだ十分ではありません。生産した食料を運ぶための輸送ルートも輸送手段も貧弱でした。
かつて存在した古代ローマの道は、中世時代は荒れ果ててしまっていたよ。
君主が一か所に留まり続けていると、その地域の食料を食い尽くしまいます。そんなことになったら、農民だけでなく、君主も餓死してしまいかねません。
ですから、その地域の食料を食い尽くしてしまう前に、国王自らが次の地域へと移動していました。
城から城への移動というよりも、「農村から農村へと消費する側が供給地へと移動していた」と考えると理解しやすいでしょう。
旅がしやすいように
常に移動していた中世時代の家具は、椅子や机も折りたたみ式で簡素なものです。
服もすべて長持のような箱に入れて持ち運べるようにしていました。
豪華な家具は定住するようになった近世から。
国王不在時の城や領土をどう管理していたのか
君主がいるときはわかるけど、君主がいないときって、城の管理はどうしていたの?まったくの留守にするわけにはいかないでしょ?
城伯(Burggraf)やブルクマン(Burgmann)といった役職についていた帝国ミニステリアーレ(Reichsministeriale)たちが管理していたよ。
帝国城塞を管理するブルクマンという職は、時に城伯(Burggraf)という爵位と結びつき、世襲されることもありました。
国王によって異なる旅の経路
どこの城からどの城へ移動するのか、その旅路は王朝によっても異なりますし、同じ王朝でも国王によって異なることもありました。
コンラート1世(Konrad I.)までのカロリング朝時代の帝国城砦は主に西にあり、ザクセン朝のオットー1世(Otto I.)はその名の通り、起源とするザクセンを主に巡幸。ザーリア朝はラインフランケン地域を巡幸していました。
シュタウフェン朝のフリードリッヒ一世(赤髭王)(Friedrich I. Barbarossa)は北部を巻き込むことに成功しましたが、その背景にはヴェルフェン家のハインリッヒ獅子公との対立があります。
また、ハインリッヒ6世とフリードリッヒ2世の頃は、イタリア遠征という政治的な変化があったこともあり、もともとの発祥地であるシュヴァーベンよりも北側の地域には、ほとんど滞在していなかったようです。