モット・アンド・ベイリーとはどんな城

英語のモット・アンド・ベイリー(Motte-and-bailey)は、ドイツ語では単にMotte(モッテ)と言います。しかしTrumhügelburg(トゥルムヒューゲルブルク:丘陵城砦)と表現されることも多い建築様式です。

なお、英語とドイツ語では、Motteの言葉が指し示す範囲が異なるので注意が必要です。英語では内郭部分のみを指しますが、ドイツ語では内郭および外郭を含めた城砦全体のことを意味します。

紛らわしいので、ここでは日本でも一般的に採用されている英語の方を採用します。

目次

モット・アンド・ベイリーの城

モット・アンド・ベイリー
モット・アンド・ベイリー

初期の城砦ことモット・アンド・ベイリーは木製です。

人工的に盛り上げた丘のことをそもそもモットといい、盛土の上に塔を建て、周りを木柵で囲みました。

モットの麓には、同じく木柵で囲んで防御された村であるベイリーが設けられました。モットへは直接行くことができないようになっており、ベイリーからのみ行くことができるようになっていました。

全体を水掘で囲み、さらに防御力を高めていました。

モット

ドイツ語では、Kernburg(ケルンブルク:内郭)といいます。

水掘を掘った時の土を中央に集めることで嵩上げし、水掘と丘の両方を同時に造りあげました。

人工的に盛り上げた築山の上に2~3階建ての塔を建て、周りを木柵で囲みました。モットの上に建てられたものは必ずしも等というわけではなく、住居のこともありました。

築山の高さによって、3つに分類されます。

  • 10m以上
  • 5~10m
  • 5m未満

現存するモットの大半は5~10mです。

直径は20~30mのものが一般的で、簡単な構造のものであれば、10日ほどで完成させることができたようです。

人工的に築山を築くことが多いのですが、自然の丘や古代の墳丘を利用することもありました。

建てられた塔に防御だけでなく住居としての機能をもたせたものはドンジョン(Donjon:仏語)と呼ばれていますが、防御機能のみの場合は、ベイリーに住居がありました。

当サイトでは、城の構造を紹介する時に内郭(Kernburg)と表現しています。

ベイリー

モットの麓には設けられた防御された村で、モットと同様に木柵で囲んで守られていました。

ベイリーは、ドイツ語ではVorburg(フォアブルク:外郭)といいます。他にも、NiederburgやUnterburgと呼ばれることもあります。

ベイリーは必ずしも1つというわけではなく、複数のベイリーを持つ城もあります。

ベイリーには農場や使用人の家、納屋、馬や牛の厩舎などがあり、経済の中心でした。

当サイトでは、城の構造を紹介する時に外郭(Vorburg)と表現しています。

モット・アンド・ベイリーが盛んに建てられた時代

第一期建築ブームの時代です。

城は君主の許可なしに勝手に造ることはできませんでした。城砦を建てる権利は王権に属し、臣下が城砦を気づけば、それはすなわち反乱の拠点ともなりうることを、君主は経験的に知っていました。

ところが923年、ドイツ国王ハインリッヒ1世(Heinrich I.:在位929-936)は、進攻するマジャル人に対抗するために、諸侯に城砦を建てる権利を与えました。同時に、マジャル人に対抗できる騎兵も準備させました(騎士の始まりでもあります)。

各地の封建領主たち、特に国境付近に住む封建領主たちはこぞって城砦を築き、マジャル人の襲来に対して身を守りました。

国王として軍隊を出すことはできず、自分の身は自分で守らせるために封建領主たちに城砦の建設許可を出したともいえ、国王権力の弱さを示しているともいえます。

ドイツでは数千もの城砦が建設される要因の一つとなっています。

この時代に城を建築していったのは、王侯貴族ではなく騎士階級の人々です。モット・アンド・ベイリー様式の城砦は、後に続く騎士城(Ritterburg)の起源となっています。

モット・アンド・ベイリー様式の城砦が多く建てられた地域は、初期の騎士文化の証拠が多く見つかる場所と一致しています。

モット・アンド・ベイリーのその後

モット・アンド・ベイリーの最大の弱点は、木製であることです。

破壊槌や投石機に対して弱く、火矢に対しても脆弱でした。

はじめは城壁の一部、次第にすべて石造りではなく城砦へと変化しました。モット・アンド・ベイリーは次第に水城へと進化していきました。なので、水城の登場は山城より早いとされています。(山城の登場は11~12世紀)

モット・アンド・ベイリーを起源とする城

現存するモット・アンド・ベイリーはなく、土塁や築山が残っているのみです。

しかし城の起源をモット・アンド・ベイリーとする城はいくつか存在しています。

モット・アンド・ベイリーを起源とする城は、イギリスのウィンザー城が有名です。

ドイツでは、ゲーメン城(Burg Gemen)がその代表例です。現在は美しい水城になっています。

ゲーメン城

まとめ

  • モット・アンド・ベイリーは騎士城の起源となる城砦様式のこと
  • モットは築山の上に塔を建て、木柵と水掘で領域のこと
  • ベイリーとは、モットの麓に木柵と水掘で囲んだ領域のこと
  • モット・アンド・ベイリーは木製であるため、次第に石造りの城砦へと変遷した
よかったらシェアしてね!
目次
閉じる