いばら姫の城,ザバブルク城(Dornröschenschloss Sababurg)

ヘッセン州

ザバブルク城は,最初はツァッペンブルク(Zappenburg)と呼ばれ,そしてツァプフェンブルク(Zapfenburg)と呼ばれていました。名称によって,3つの時代に分けられます

現在は,グリム童話にちなんでドルンレッシェンシュロス(Dornröschenschloss:いばら姫の城)と親しまれています。

眠りの森の美女の舞台になっていることでも知られている城ですね。

日本の観光ガイドブックにもよく紹介されているので、なじみのある城だと思います。

ラインハルツヴァルト(Reinhardswald)に立つ城です。大きな円形の塔は17世紀に建てられたもので,北側城壁には地下室と井戸があります。

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ザバブルク城の見どころ

本館は壁だけが残った廃墟となっていますが,屋外劇場として利用されています。廃墟とはいえ,城の中で見る劇や演奏会は,なかなかロマンティックではないでしょうか。

城からは,ドイツの田舎ののどかな田園風景が広がる眺望が楽しめます。ベートーベンのまさに『田園』が似合う風景が広がっています。

城の案内は,ドイツ語,英語,フランス語に対応しているそうです。レストランでは,この地域の美味しい郷土料理(ヘッセン料理)が楽しめます。

ザバブルク城の周辺には,ザバブルク原生林や自然動物園があります。少し足を伸ばして,ザバブルク周辺の自然を楽しんではいかがでしょうか。

ザバブルク城へのアクセス

Hofgeismar駅からタクシーで行くとよいようです。

ザバブルク城の歴史

3つの名前の時代に分けて紹介します。

ツァッペンブルク城時代

1334年
マインツ司教は北に権力を拡大し、霊場巡りをする巡礼者を守るためにブルクを建てました。ヘッセン方伯(Landgrafschaft Hesstn)と,パダーボルン司教(Bistum Paderborn),ブラウンシュバイク公爵(Herzogtum Braunschweig)と領土争いをしていました。何度もその争いに巻き込まれます。
1357年
激しい争いが起こり、ブルクの半分は司教のものからヘッセン伯のものへ、残りの半分はシェーネベルク領主のものとなりました。
1462年
マインツ司教の座をめぐるフェーデが起こります。その結果,ヘッセン方伯のものになります。

ツァプフェンブルク城時代

1508年
中世のブルクは時代に合わなくなりました。ヘッセン方伯はブルクの部分を狩猟用のシュロスに改築しました。現在でも残っている宰相館(Kanzleigebäude)はこのときに建てられたものです。
16世紀後半
この城は高さ3m,長さ5kmに渡って,荒れて茨に取り囲まれてしまいます。
1582年
ギーゼルヴェルダー庁(Amt Gieselwerder)がこの城の所有者となり,名前をザバブルク(Sababurg)に改めます。

ザバブルク時代

三十年戦争
皇帝軍に荒らされましたが、1651年には再建しました。

七年戦争
フランス軍が占拠し、城を破壊しました。城の大部分が破壊されてしまいます。
1812年
グリム兄弟がグリム童話を出版します。グリム兄弟はこの地を訪れ,その歴史から『いばら姫(眠れる森の美女)』を着想したと言われています。
1826年
フリードリッヒ2世方伯が城を建て直し、城にとっては平穏な日々が続きますが、次第に老朽化し、一部が崩壊、見向きもされなくなってしまいます。
1959年
保護運動が起こり,ヘッセン方伯が城を復興させます。ホテル,レストラン,カフェを建設し,1961年にホテルとして営業を始めるようになりました。
現在
環状城壁や堀,等など,現在も復興作業が続けられています。