グリュックスブルクはルネッサンス様式のシュロスで,ケルンブルクの部分は正方形の縄張りをもつ美しい水城です。
湖上に浮かぶ姿がとても美しいですね。
グリュックスブルクは同名の城がザクセン・アンハルト州にも存在していますので,区別するために城名のあとにグリュックスブルクを付けます。
グリュックスブルク城はグリュックスブルク公爵家の居城であり,一時期デンマーク王家も滞在していたことがあります。
グリュックスブルク家は,イングランドやロシアだけでなく,ノルウェーやギリシアの王家とも婚姻関係があり,ヨーロッパの王族たちと深い関係にある家系です。
目次
グリュックスブルク城の見どころ
どこから撮っても絵になる美しい城です。
このような美しい城が,結婚式だけでなく,子どもの誕生日会といったパーティを開くことができます。ドレスをはじめとする貴族の衣装までレンタルすることができます。
この美しい城は博物館だけでなく,ホテルになっていたりレストランになっていたり……。まさに王侯貴族を味わえる城です。
デンマーク王室と関係の深い城だけに,デンマーク王家の歴史に興味を持たざるを得なくなるかもしれません。
グリュックスブルク城へのアクセス
グリュックスブルク城の歴史年表
- 1209年から1210年
- シュレースヴィッヒにある聖ミカエル修道院が解散し,修道士たちは現在のグリュックスブルクにシトー会修道院を設立しました。以後,この地は修道院が管理していました。
- 1544年
- 改革により修道院が世俗化され,デンマーク王クリスチャン三世(Christian III.)の所有になりました。修道院は住居として残りました。
- 1582年
- デンマーク王フリードリッヒ二世は弟のヨハン三世にこの地を与えました。
公国の政府は兄であったため,領民たちは彼に敬意を払おうとはしませんでした。そのため,ヨハン三世は評判を高める努力をし,起業家として成功しました。
グリュックスブルクを近代化し,自分と家族のための居城として城を建てました。 - 1622年
- ヨハン三世の死後,相続人達によって所領が分割されました。シュレースヴィッヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックス(Schleswig-Holstein-Sonderburg-Glücksburg)家が設立されます。
グリュックスブルク城は家族の住居ではありましたが,宮廷ではありませんでした。 - 1779年
- 家系が途絶えると,グリュックスブルクの封土はデンマーク王室に戻りました。1824年に未亡人が亡くなるまで,住居として残されました。
- 1825年
- デンマーク王は,グリュックスブルクの領土を義理の強大であるフリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・ホルシュタイン=ベック(Friedrich Wilhelm von Holstein-Beck)家に与えました。彼はグリュックスブルク城には住んでいませんでしたが,デンマーク王家が夏の居城として使用しました。
- 1864年
- 第二次シュレースヴィッヒ戦争の時,城はプロイセン軍の兵舎や病院として使用されました。戦争後,城はプロイセンの所有となりました。
- 1869年
- プロイセン国王ヴィルヘルム二世は(Wilhelm I.)城を公爵家に戻しました。
- 1871年~20世紀
- 再びグリュックスブルク家の居城として使用されます。
- 1922年
- 城の管理は財団が行うことになりました。博物館に改築され,コンサートやその他イベントで使用されるようになりました。
- 第二次世界大戦
- 城は損害を免れました。捕虜の収容所として使用され,イギリス軍の略奪を受けました。英国女王陛下の叔父にあたることもあり,女王陛下に電話連絡をすることで一部を返してもらえたようです。
- 1948年
- 博物館が再開します。
グリュックスブルク城の営業案内
開館時間
夏期(5月~10月)
毎日 10:00~18:00
最終入城時間は17:00
冬期(11月~4月)
土曜日および日曜日のみ 11:00~16:00
最終入城時間は15:00
ガイドツアー
5月,6月,9月,10月
火曜日および土曜日,日曜日 14:00頃
7月および8月
毎日 14:00頃
1月から4月および11月
日曜日 14:00頃
Schloss Glücksburg - Das historische Wasserschloss bei Flensburg
Das Schloss Glücksburg bei Flensburg gehört zu den wichtigsten Residenzschlössern Norddeutschlands. Führungen, Veranstaltungen & mehr finden Sie hier.