シュトルペン城(Burg Stolpen)

ザクセン州

ドレスデンから約27km東にあるシュトルペン城。
マイセン辺境伯とエルベ川東岸のスラブ人入植地の境界領域にありました。
この城はザクセン国王の愛人であるコーゼル伯爵夫人(Gräfin Cosel )が人生の半分以上を囚人として過ごした城です。

ドイツの天然記念物となっている玄武岩山(Basalberg)の上に立つブルクです。

シュトルペン城

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シュトルペン城の見どころ

ヨハニス塔(Johannisturm)

ヨハニス塔はコーゼル伯爵夫人が囚えられていたことから,コーゼル塔とも呼ばれています。円筒形の目立つ塔なので,すぐそれとわかるはずです。塔に登り,城下を眺めてみましょう。ドイツの田舎の田園風景が目の前に広がるはずです。

囚われのコーゼル伯爵夫人はここからの景色をいつも眺め,何を思っていたのか,想像してみてはいかがでしょうか。

玄武岩

この城は玄武岩の岩山の上に立っています。
シュトルペンの名は「柱形の」「柱形の場所」という意味のスラブ語から派生したという言葉が示すとおり,柱形の黒い岩を見ることができます。

ここの玄武岩山は,ドイツ国の天然記念物となっています。

コーゼル伯爵夫人

アンナ・コンスタンティア・フォン・コーゼル帝国伯爵夫人(Anna Constantia Reichsgräfin von Cosel)は選帝侯アウグスト(August)の愛人でした。
コーゼル伯爵夫人は1716年のクリスマスに囚えられ,シュトルペン城に収監されました。

最初は武器庫の上の高級な部屋で不自由な囚人生活を送っていました。彼女は国家機密情報を握っていたために,非常に厳しく監視されていました。

建物の老朽化のため最後の20年はヨハニス塔で過ごすことになりました。その頃はある程度の自由が認められるようになり,中庭を散策することできるようになりました。

85歳でなくなるまで49年間をここで過ごしました。彼女は城の礼拝堂に埋葬されています。彼女はここから50年近く,何を思って過ごしていたのでしょうか。何を眺めていたのでしょうか。

アウグストとの間に一体何があったのか,どんな愛憎劇があったか,深掘りしたくなってしまいます。

Youtubeにはちょっとした再現ドラマの公式動画が公開されています。

シュトルペン城へのアクセス

ドレスデンからバスR261から行くのがわかりやすいかと思います。

シュトルペン城の歴史年表

1100年頃
重要な貿易の交易ルートが交差する地域であり,戦略的に重要な場所であることが認識されていました。不確かなではありますが,このころ税の徴収が強化されたという情報があります。
1218年
封建領主モイコ・ド・シュトルペン(Moyko de Stulpen)はブルーノ二世・フォン・ポルシュテンドルフ二世(Bruno II. von Porstendorf)司教をシュトルペンに連れてきました。マイセン上級司教区の一部として確立していきます。
1222年
シュトルペン城の名を文書で見つけることができます。
1320年
シュトルペンの役所が設立され,行政の中心地となります。
フス戦争
1429年にフス派に包囲されます。包囲は8週間続き,最終的に防衛に失敗しました。
15~16世紀
城の北に入植地を形成し,すぐに都市に発展しました。領主司教たちはシュトルペンを増築していきます。穀物倉庫は36mの長さがあり,年貢が納められました。
選帝侯アウグストの時代
ザクセン選帝侯アウグスト一世(強王)はシュトルペンの重要性を認識しており,重要な城,街,役所などを重要性の低いものと矯正定期に交換していきます。この交換により,シュトルペンの司教時代は終わり,選帝侯時代となります。
選帝侯はシュトルペン城を買収後,広範囲に改築工事を行い,ルネッサンス様式のシュロスへと姿を変えます。部屋は華美な少食が施されます。

玄武岩山に建つ城は常に水問題に悩まされており,当初は貯水槽に雨水を貯めて使用していました。しかし水質が悪く,アウグストは井戸を掘ることを命じます。
玄武岩は非常に硬いため,木材を燃やし,水をかけて急冷させ,応力亀裂を発生させながら掘り進む必要がありました。水層に達するまで30年の歳月を費やしました。

余剰水は水道を用いて都市に配水され,都市の水問題も解決しました。

三十年戦争
一時は市民によって防衛に成功するも,火災により消失します。すぐに再建されますが再びスウェーデン軍に包囲され,破壊され,使用不可能となってしまいます
1773年
城は倒壊の危機のため,安全のために一部が取り壊されます。
ナポレオン軍への開城
1806年,ザクセンはプロイセン側としてナポレオン軍と戦い,敗北します。フランス軍の支配下で城は再建,増築されて強化されます。しかしナポレオン軍がロシア行軍に失敗し,撤退する際,城は爆破・破壊されてしまいます。
1859年
ザクセン国王は復旧を命じます。この頃にはもう軍事的な意義はなくなってしまっていましたが,ロマン主義に基づく観光的意義があると考えてのことです。
1877年
博物館として営業を開始します。現在も観光促進のための整備が進められており,訪れやすくなっています。

シュトルペン城の営業案内

開館時間
3月25日~10月31日:10:00~18:00
11月1日~3月24日:火~日曜日 10:00~16:00
         月曜休館
12月24,25日:休館
公式サイト
https://www.burg-stolpen.org/
ドイツ語,英語,チェコ語,ポーランド語