ザッツヴァイ城(Burg Satzvey)

ボン(Bonn)の東南東約20kmのところにあるメヒャーニッヒ(Mechernich)にある小さな水城です。

12世紀に建てられた中世の美しい水城で、ラインラインと地方では最も保存状態の良い水城とされています。破壊されたことが、ほぼありません。

現在この城は、ギムニッヒ伯爵が所有しています。

目次

ザッツヴァイ城の見どころ

裕福な上級貴族は攻略が難しい山城を建てることができましたが、下級貴族のミニステリアーレは山城を建てることができず、水城を立てました。

天然要塞である山城とは違い、平地の城は守りのために水掘をほって水城となりました。

堀の水は、近くを流れる小川ファイバッハ(Veybach)から引き込んでいます。

歴史祭

城の文化と伝統を守る目的で、歴史祭が開催されています。

ザッツヴァイ城へのアクセス

近くに便利な駐車場があります。

平城なので、城までのアクセスはひじょうに良いです。

ザッツヴァイ城の歴史年表

12世紀

堀に囲まれた施設がありまりた。ディートキルヘン(Dietkirchen)ベネディクト修道院から管理を任されたファイ(Vey)家が廷吏として居住していました。

1368年

ケルン大司教エンゲルベルト3世・デア・マルク(Köln Engelbert III. von der Mark)は、ザッツヴァイをオットー・フォン・ファイ(Otto von Vey)に封土として与えました。

1391年

オットーの孫娘が夫のハインリッヒ・フォン・クラウトハウゼン(Heinrich von Krauthausen)に領地と城を譲渡し、新しい行政機関としてゴシック様式の2階建ての建物を建設しました。

15世紀

城の要塞化が進みます。二重の塔を持つゲートハウスが建設され、ツヴィンガーができ、フォアブルクはより強固なものとなりました。

1561年

15世紀は様々な貴族が所有することになりますが、この歳にヴィルヘルム・シュピース・フォン・ビューレスハイム(Wilhelm Spies von Büllesheim)に簒奪されました。

1578年

ユーリヒ・ヴィルヘルム5世富裕公がこの城を占領しました。

1747年

ヨハン・シュピース・フォン・ビューレスハイム(Johann Spies von Büllesheim)がカール・オットー・フォン・ギムニッヒ(Karl Otto von Gymnich)に売却し、ラインラントの貴族家系ギムニッヒの所有となりました

1882年

ギムニッヒの本流が断絶したことにより、水城は帝国伯爵ディートリッヒ・ヴォルフ=メッテルニヒ・ツア・グラハト(Dietrich Wolff-Metternich zur Gracht)のものとなりました。ディトリッヒは荒廃した城を大規模に改築し、水掘は排水され、館を増築し、新しい塔を建てました。

1977年

この城を保存し、歴史と伝統を守るために一般公開することにします。

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