ベルリンの南西約80kmのところにある比較的保存状態の良い山城です。
緑の山の中に,赤いレンガ造りの城が映えます。
目次
アイゼンハルト城の見どころ
この城の特徴として高さ28mのベルクフリートが目に付きます。ベルクフリートが展望台として使用されており,そこから眺める城下は一見の価値があります。
アイゼンハルト城への行き方
A9またはA2,Bad Belzigで降り,B102を行きます。Am Kurpark付近に駐車場があります。
アイゼンハルト城の歴史年表
- 983年
- スラブの蜂起がおきます。スラブ人たちのキリスト教化を試みますが,エルベ川東側のスラブ人たちのキリスト教科は遅れます。よって,エルベ川の東側は神聖ローマ帝国の支配地域とはなりませんでした。
- 997年
- 城塞として文献に記載されているのが確認されています。この地域には後期青銅器時代や鉄器時代に集落があったとされ,9世紀から11世紀にかけてスラブ人の城壁がありました。皇帝オットー三世(Otto II.)がマグデブルク大司教(Erzstift Magdeburg)に城壁を譲渡しています。
- 1157年
- アルプレヒト一世・フォン・ブランデンブルク(Albrecht I. von Brandenburg)がこの地を奪還し,アスカニア家(Askanier)が城壁を支配することになります。
- 1161年
- ブランデンブルク司教区となります。
- 1201年
- ベルツィッヒ伯爵がはじめて登場します。ジークフリート・フォン・ベルツィッヒ伯爵(Graf Siegfried von Belzig)はロマネスク様式の巨大な石造りの城を建設します。
- 1251年
- ベルツィッヒ伯爵家が途絶え,ザクセン公国のものとなります。
- 1305年
- ルドルフ一世公爵(Rudolf I.)はブルクを強化します。集落も城壁に囲まれた城塞都市となり,街は都市としての権利を与えられます。
- 1423年
- ヴェッティン(Wettin)家のものになります。
- 1465年
- 城はアイゼンハルト(Eisenhardt)城と呼ばれるようになります。
- 1477年
- ヴェッティン家は城を近代的な要塞へと拡張します。城門は侯爵の豪華な住居へと改築されます。火器に対応したロンデルなどが建造されます。
- 三十年戦争
- スウェーデン軍によって城は破壊されます。三十年戦争後,ヨハン・ゲオルグ三世アイゼンハルト(Johann Georg III. Eisenhardt)により再建され,1691年に新しくなりました。
- 18世紀
- 大規模改修が行われます。その後,プロイセンのブランデンブルク州の役所として使用されます。
- 東ドイツ時代
- 職業訓練校,音楽学校,ユースホステル,歴史博物館,市役所の地域センターとして使用されました。
- 現在
- 博物館,市役所の地域センター,図書館,ホテルとして使用されています。
アイゼンハルト城の営業案内
Burg Eisenhardt
Hoch über der Stadt thront Bad Belzigs markantes historisches Wahrzeichen - die Burg Eisenhardt
地域博物館
月曜日,火曜日 休館日
水曜日~金曜日 13:00~17:00
土曜日,日曜日,祝日 10:00~17:00
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