ケーニッヒスタイン城廃墟(Burgruine Königstein)の歴史

Burgruine Koenigstein

タウヌス(Taunus)山地にある世俗領主と司教との間で攻防戦がかつて繰り広げられた城です。そして30年戦争でフランス軍に爆破された城です。大きな廃墟です。

ケーニッヒシュタイン城の訪問記については,そちらをご覧ください。

Burgruine Königstein

Burgruine Königstein

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ケーニッヒシュタイン城の歴史年表

1215年
ここのブルクが始めて文献に登場します。
皇帝フリードリッヒ一世(赤髭王)(Kaiser Friedrich I. Barbarossa)がフランクフルト-ケルン(Frankfurt-Körn)を結ぶ街道を防衛するために建てさせました。
1239年
ミュンツェンベルク(Münzenberg)の帝国ミニステリアーレ(Reichsministerialen)が城主となります。
1255年
男子に恵まれず,家系が途絶えてしまいます。しかし娘のイーゼンガルト(Isengart von Münzenberg)がファルケンシュタインのフィリップ一世(Phllip I von Falkenstein)と結婚していたため,以後ファルケンシュタインの所有となります。
1418年
男子が途絶えてしまいますが,娘がエプシュタイン(Eppstein)の領主と結婚し,エプシュタインの所有となります。
1535年
規定にのっとり,孫に当たるルードヴィッヒ・フォン・シュトルベルク伯爵(Graf Ludwig von Stolberg)が相続します。彼の40年の在位期間中に,ブルクが強固な要塞に改築されました。
1581年
家系が途絶えます。最後の城主の兄弟のアルプレヒト・ゲオルグ(Albrecht Georg)がここを受け入れましたが,実際はマインツ司教が管理していました。
1796年
30年戦争の戦禍がこの町にも訪れました。フランス軍が井戸に爆薬を仕掛け,城を爆破してしまいます。以後廃墟と化します。
1803-1922年
ナッサウ(Nassau)公爵の所有となります。
1922年
公爵婦人から町に譲渡され,以後町の所有となります。
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