「フランケンシュタイン」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

フランケンシュタインといえば、

青白い顔をして、顔に縫い目あって、……。
実は「フランケンシュタイン」とは、その怪物の名前ではありません。
「フランケンシュタイン」とは、怪物を生み出してしまった科学者の名前です。
彼が登場するのは、イギリス人作家メアリー・シェリーが書いた怪奇小説『フランケンシュタイン』。



「一夜で書き上げた」なんて言われていますが、それはいくらなんでももりすぎです。
その2年前の1814年、彼女は旅の途中でドイツに訪れています。
その時に見たとある古城と、城に伝わる奇妙な伝説が、強いインスピレーションを与えたと言われています。
訪れたのはマンハイムとマインツの中間に位置する場所。
廃墟となったフランケンシュタイン城と、近くのダルムシュタットを訪れた形跡が、彼女の日記に残されています。
本記事では、小説『フランケンシュタイン』とその背景、伝説が残るフランケンシュタイン城とのつながり、そして小説のモデルとされる錬金術師ディッペルの奇怪な生涯を紹介します。


小説『フランケンシュタインあるいは現代のプロメテウス』のあらすじ


フランケンシュタインは、北極探検家ウォルトンが姉に宛てた手紙形式で物語が進んでいきます。
ウォルトンは未知の北極を目指して航海中、氷山に乗って漂流してきた男を発見し、救助します。
その男こそがヴィクター・フォン・フランケンシュタイン。この物語の主人公です。



科学者フランケンシュタインが、自らの過ちを語り始めるんだ。
ヴィクターの告白
スイスのジュネーブの裕福な家庭に生まれたビクターは、幸せな少年時代を過ごします。
成長後、家族と離れてインゴルシュタット大学に進学し、化学の研究に没頭するようになりました。
やがて彼は、
生命の神秘を解き明かすことに成功し、死体の断片をつなぎ合わせて生命を作り出すという前代未聞の実験に挑みます。
そして誕生したのは、身長が2m以上もある巨大で醜い存在でした。
怖くなったフランケンシュタインは怪物の元を逃げ出し、故郷のジュネーブへと逃げ帰ります。



生み出した瞬間、怖くなって逃げ出すなんて、無責任すぎる!
一方その頃、怪物は一人、醜さ故に世間の迫害を受けながら彷徨い、闇に潜んで生き延びます。
怪物は息を潜めながらも、人間の言葉、火の使い方、人間社会のあり方を学びながら、自分を創造したヴィクターを探し出します。
怪物の悲しみと怒り
ジュネーブにたどり着いた怪物は、ヴィクターの弟ウィリアムを殺害。家政婦のジュスティーヌが無実の罪で絞首刑にされる悲劇も起こります。
怪物の存在を感じたヴィクターはシャモニーへと行き、そこで自分が生み出した怪物と対面。
誰からも拒絶された孤独な怪物から



自分と同じように醜い妻を作ってほしい
と頼まれ、約束します。さらに怪物は
「誰からも愛されず、拒絶される苦しみを、君は知らない。私にもせめて、分かち合える誰かを…。」
ヴィクターはその願いを受け入れ、ヴィクターは友人クラーヴァルとともにスコットランドへ行き、一人小屋で怪物の伴侶となるべくものを作ります。
しかし作りかけの伴侶を目の前にして、彼はその恐ろしさに耐えきれず、破壊してしまいます。



ヴィクターが怪物の存在に気づき、逃げながらも約束を守ろうとするところから、話は面白くなってくるよ。
怪物の復讐
裏切られた怪物は怒りのあまりクラ―ヴァルを殺害。殺人犯と間違えられた、ヴィクターは牢獄に入れられます。
釈放後は故郷のジュネーブに戻ったクラーヴァルは、養女エリザベスとの結婚式の夜、怪物にエリザベスが殺され、ヴィクターの父も悲しみの中で命を落とします。
ヴィクターは怪物への憎悪が募り、復讐のために怪物を追いかけて世界の果てへと追跡を開始。
しかし北極海で力尽き、ウィルトンの船に救助されるのです。
ヴィクターの死後、怪物はその亡骸を見つけ、最後の言葉を告げます。
私は愛されたかっただけだ。でも誰にも受け入れられなかった。これから私は、自らの存在を消し去る
怪物や闇の中、氷山の彼方へと姿を消していきました。



ラストシーンのこの怪物の行動が、なんとも切ない……。
あらすじから読み取れるテーマ
『フランケンシュタイン』は、人間が「神の領域」に踏み込んだときの代償。そして、愛されない孤独が生み出す絶望と狂気を描いた物語。
19世紀初頭に書かれたとは思えないほど、現代にも通じるテーマが詰まっています。


『フランケンシュタイン』に登場する人物は、現在でのレマン湖周辺で多く見られる名前です。



ちなみに、映画の『フランケンシュタイン』は原作とはだいぶ違う展開になってるよ。
Amazon Primeで観られる白黒映画も、クラシックホラーとして楽しめます。
フランケンシュタイン城に残る伝承


小説『フランケンシュタイン』に登場する怪物は、まさにフィクションの世界の存在。
しかしその着想の背景には、
が影響していると考えられています。特に有名なのが、下記の3つ。
- 磁石山
- 住居塔の幽霊
- 若返りの泉
これら伝承や土地の雰囲気が、若きメアリー・シェリーの創作意欲をかき立てたのかもしれません。
磁石岩の伝説
フランケンシュタイン城のある山には、方位磁石を狂わせる岩石が存在していると言われています。
遠い昔、火山の噴火で磁気を帯びた岩がここに流れ込み、現在もあらゆる方位磁石の針を狂わせることから「磁石岩」と呼ばれています。



アパラチア山脈やイエローストーン国立公園にも磁性岩があるんだよ。しかもこの岩石、国際的にも「フランケンシュタイン斑糲岩」と呼ばれているんだよ。
なぜこの岩がそんな強力な磁気を持つのかは、いまだに謎です。
1900年代初頭の航空パイオニアで初のパイロット・ライセンス取得者であるアウグスト・オイラーは、ダルムシュタットからベルリンへ向けて飛行機を飛ばした時。
「フランケンシュタイン上空ではコンパスが東に3度ずれることを忘れ、目的地とは全く違うドレスデンに到着。
ビジネスの商談には繋がりませんでしたが、フランケンシュタインの伝説を証明するようなエピソードになりました。



フランケンシュタイン城の伝説は、不思議とこの磁石岩の周辺のことが多いんだよ。けっこう科学よりなのも面白いよね。
住居塔の幽霊


もう一つの有名な話。
アドベント(クリスマス前の4週間)の始まりの夜に現れるという幽霊の話。
「住居塔の最上階に、全裸の美しい処女アンネマリーが現れる」
好奇心にかられて近づいてきた男たちは、その美貌に惑わされ、正気を失ってしまうと伝えられています。
童話の一つ。



ちょっと色っぽいけど、怖さとロマンが共存してるのが「中世の民話」っぽくていいよね
若返りの泉
フランケンシュタイン城の裏手、レストランの近くには、かつて「若返りの泉」があったと言われています。
これは、雨が降ったときにだけ現れる細流。
古代の豊穣儀式と3つのテラス
ヴァルプルギス(4月30日)後の最初の満月の夜、老女たちが奇妙な儀式を行ったと言われています。
「主なる神がお造りになったように裸で」草の塊の下を這うようにして岩を3周する。
火の中を歩き、岩を3周。高く燃え盛る炎の上を飛び越えなければなりません。
氷のように冷たい泉に飛び込み、頭の天辺まで完全に身を沈めます。
これら3段階の儀式をクリアした者が、「最も美しい若い女性として新たな年を迎える」とされました。老女たちが「女盛りの年頃」のような姿に戻るという伝説です。



なんだかケルト時代の自然信仰そのまんまだね。



実際にケルト時代から礼拝所があった可能性があるんだよ。
怪物フランケンシュタインの伝説
そして極めつけが、小説にそっくりな「怪物物語」。
昔、フランケンシュタイン城に住んでいたある魔術師が、墓から掘り起こした死体の一部を使って怪物を生み出した。
その怪物は牢獄に入れられていましたが、ある11月の夜に脱走。
創造主である魔術師を殺して森に逃げ込んだ。
今も怪物は森の奥深くに住み、孤独と憎しみにとらわれているという。
さらに怪物は寂しさのあまり、森に一人で出かけている小さな子供たちをさらい、隠れ家で飽きるまで遊ばせる。
最後は子どもたちを煮て食べた。



いや、それ…まんま小説の怪物じゃん!
ヴィクター・フランケンシュタインのモデル?錬金術師ディッペルの奇怪な生涯


小説『フランケンシュタイン』の主人公、ヴィクター・フォン・フランケンシュタインは完全な創作キャラクター。
しかし、その人物像には以下3名の「モデル」となる科学者たちがいると考えられています。
- エラスムス・ダーウィン(Erasmus Darwin)
- ベンジャミン・フランクリン
- ヨハン・コンラート・ディッペル・フォン・フランケンシュタイン(Johann Conrad Dippel von Frankenstein)
- エラスムス・ダーウィン
-
エラスムス・ダーウィンは、かの有名なチャールズ・ダーウィンの祖父。
インゴルシュタット大学で解剖学者として教鞭をとっていました。電気を使った実験や、死体や死体の一部を使った実験が行われていた時代です。
小説に登場するヴィクター・フォン・フランケンシュタインは、インゴルシュタット大学で勉強し、研究していたね。
- ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)
-
電気に関する実験を行い、避雷針やコンデンサの研究を行っていた研究者です。
著者メアリーの実家では、父チャールズ・ゴドウィンがこのテーマに熱心に取り組んでいたらしいよ。
その中でも、最も有力なのが、ヨハン・コンラート・ディッペル・フォン・フランケンシュタイン。
しかし一番基になっているのは、フランス軍の進攻によりオッペンハイムからフランケンシュタイン城に避難してきた夫婦から生まれた宮廷錬金術師ヨハン・コンラート・ディッペル・フォン・フランケンシュタインと言われています。
フランケンシュタイン城で生まれた科学者
どんな科学的な議論にも尻込みせず、歯に衣着せぬ発言で行く先々で人々を困らせるような人でしたが、頭の回転の速さと知性は誰もが賞賛せずにはいられないような優れた人物。
- 1673年8月10日
-
普仏戦争の戦火を逃れて、フランケンシュタイン城に避難してきた両親のもとに生まれました。
- ディッペル17歳
-
ダルムシュタットで神学、医学、化学(錬金術)を学びました。
- 1696年
-
ギーセン大学で修士論文『無について』を発表。これが宗教界で大問題となります。
「神は無から世界を作った」というキリスト教教義を根底から揺るがす内容だったんだ。
その後、ストラスブールなど各地で物理学や手相学の講義を行うものの、過激な思想と論争好きな性格から、しばしばトラブルを起こします。
フランケンシュタイン城での実験と爆発
多額の借金を抱えたディッペルは、生まれ故郷のフランケンシュタインに戻り、財政難のダルムシュタットの宮廷に取り入りました。
ここで錬金術の研究に没頭。色素の紺青(ベルリン青)の発明の基礎を築くなどの実績を残しています。
人体や動物の死体を使った実験を行っていたという記録も残されています。
やがて不老不死の薬を作ることに挑戦するも、その過程で火薬塔を爆発させてしまったと伝えられています。
ディッペルの万能薬(Dippel’s elexirum vitae)
彼が開発したという謎の薬「ディッペルの万能薬(Dippel’s elexirum vitae)」。
と宣伝していた不老不死の薬は、その成分に爆薬でもあり狭心症に効くニトログリセリンが含まれていたため、心臓病薬として一定の効果があったとされています。



そりゃ、爆発するわ
「悪魔と契約した錬金術師」と噂された男
あまりに奇抜な思想と実験のせいで、ディッペルは悪魔と契約しているのではないかと噂されるようになります。



胴体から腕と足を切り落とし、体をきりひらいているんだって。若い女や子どもから地を抜き、瓶に入れて保管しているんだってよ。
また、クリスマスから年末年始にかけては、
礼拝堂の屋根に現れて、骨をガタガタと鳴らしながら、死体や処女を使った陰惨な実験を行ったとされる実験室の入り口を探して、大声で喚いている。
という怪談も語り継がれていました。



真偽はともかく、地元ではめちゃくちゃ怖がられてたのは間違いないね。
メアリー・シェリーとの関係は?
メアリー・シェリーが『フランケンシュタイン』を執筆する際、ディッペルと彼の研究に関する文献を読んでいた形跡があります。
メアリーが実際にフランケンシュタイン城を訪れていた可能性も高い。
- 名もなき怪物
- 科学の力で生命を生み出した科学者
- 過去の罪に苦しむ者
これらはディッペルと城の伝説を融合させたような人物像ではないでしょうか。
ディッペルの最期
オランダ、デンマーク、スウェーデンで医師として働き、高く評価されまし。
しかし行く先々で思想論争や政治的衝突を繰り返してしまうため、逃走したり、一時は捉えられて幽閉されることもありました。
1734年、彼はヴィトゲンシュタイン城で謎の死を遂げます。
死因は脳卒中で倒れたと推定されていますが、あまりに不可解な突然死に、



きっと神が彼の悪行に対して拳で殴って殺したんだよ。
ディッペルの死に対して、こんな噂が流れたのだとか…。
ディッペルは「フランケンシュタイン」の正体か?
こうして見ると、ヨハン・コンラート・ディッペルの人生はまさに、「ヴィクター・フランケンシュタイン」そのもの。
彼の生涯と実験、そしてそれを取り巻く伝説が小説『フランケンシュタイン』に大きな影響を与えたことは、疑う余地がないでしょう。
数々の伝説の残るフランケンシュタイン城について詳しくはこちらをご覧ください

