ラニス城(Burg Ranis)

チューリンゲン州東部にあるラニス城は,大きな城であるにも関わらず,実はあまり知られていない城です。

チューリンゲン盆地の南端にある山の尾根にあり,険しい岩山を利用して建てられた山城です。

ロマネスク様式の部分は12世紀頃に建てられたと考えられていますが,正確な年代はよくわかっていません。

現在この城は,チューリンゲン城館庭園財団(Thüringer Schlösser und Garten)が所有し,管理しています。

目次

ラニス城の見どころ

城の建築物

主城,中世中期の内フォアブルク,中世後期の外フォアブルクと,さらに東の外側には,城前広場があります。

写真からはよく見えないかもしれませんが,主城は内フォアブルクと丸いベルクフリートのさらに奥にあり,閉ざされています。

城は,2段構えのフォアブルクと,狭いツヴィンガーによって守られていることがよくわかります。

かつては西側に礼拝堂翼がありましたが,残念ながら19世紀に崩壊してしまったようです。

外フォアブルク(Äußere Vorburg)

14世紀の狭間のある環状城壁に囲まれています。

丸いアーチ型の門は15世紀に建てられたものです。長方形の溝があり,かつてそこには跳ね橋があったことをうかがい知ることができます。

かつて門の内側には,木組み建築の守衛所があったようですが,現在はその痕跡しか残っていません。

第二城門

フォアブルクと内フォアブルクをつなぐ第二城門の下階には,中世中期の城壁の大きな切石が残っています。

16世紀後半に柱型歯風のある3階建ての住居用の建物となり,17世紀後半には門自体が建て替えられました。

城門の北側の螺旋階段から上に行くと,ルネッサンス時代の台所が保存されています。台所は1階にあることが普通なので,上層階にあることはひじょうに珍しいことです。

フンガー塔(Hungerturm)

第二ベルクフリートになります。

2回にある部屋から床のハッチを通って地下牢につながっています。そこで見つかった土器から,牢獄として使われていたことがわかっています。

フンガー塔および門翼,防御壁も,中世後期に建てられたものです。

内フォアブルク(Innen Vorburg)

フォアブルクの主要な建物はシュロスのような姿になっているため城のメインの建物のように見えますが,本当の主城はさらにその奥にあります。

東に門翼,南に大きな城館建築(南翼),西にベルクフリートを含む横翼,北に馬車庫(現在はトイレ)があり,残りの部分は防御壁で囲まれています。

防御壁は14世紀のものと考えられています。

主城(Kernburg)

三十年戦争後,住居やホールとして利用することは,フォアブルクに移ってしまったためになくなり,主城としての重要性は失われてしまいました。

横翼(Querflügel)

15世紀の代表的な翼です。

門の通路には丸いアーリ型の通路があり,北側の地下室へと続きます。

後方にベルクフリートがあります。

ベルクフリート(Bergfried)

高さ38mあるベルクフリートは,横翼に吸収されてしまっていると言っても過言ではありません。

ロマネスク時代の切石の4階建ての上に,14世紀のスレート石の3階建てという構造になっています。

昔は外からはしごで登っていました。しかし16世紀以降,横翼から内部に入ることができるようになりました。

現在は,展望台として利用されています。

イルゼン洞窟(Ilsenhöhle)

ドイツでひじょうに重要な考古学的遺跡の一つ。

1920年代に発見され,その後発掘調査が行われました。

中世の発見もありましたが,重要なのは石器時代の遺物の発見であり,それはヴィルム氷期にまで遡ります。

4万年以上も前に洞窟が使われていたことを証明しています。

この洞窟では,ちょっとした探検気分を味わえます。

博物館

主城が博物館として利用されています。

イルゼン洞窟から氷河期の遺物が発見されたこともあり,氷河期時代の関する展示がなされていることは,城の博物館としては珍しいことです。

もちろん,城の歴史や郷土史に関する展示も行っています。

https://www.museum-ranis.de/

ラニス城への行き方

街からは歩道を通って直接行くことができます。

また,城の東側の堀切が駐車場となっています。

ラニス城の歴史年表

ラニス城が建っている地域は,かつてはソルブ人の居住地域でした。

しかしこの地域は,強固な支配構造が存在していなかったため,ドイツ人はこの地域へ容易に東方植民に成功することができました。

征服された地域はドイツ国王の直轄地となり,国王は帝国ミニステリアーレ高官を任命して,この地域を統治させました。

1084年

文献に初めてラニスに関する記述が登場します。ヴィプレヒト・フォン・グロッチュ(Wiprecht von Grotzsch)が,複数の城を贈り物として受け取りました。

1198年

ドイツの王位継承争いに巻き込まれ,城は破壊されます。城のロマネスク様式の部分がこれ以前のものなのか,これ以降のものなのか,判断が難しいところです。

12世紀後半

ラニス城があったことを示す証拠が増え,複数のミニステリアーレ「フォン・ラニス」が文献に登場しています。

1208年

ラニスを含めてザールフェルト周辺地域は抵当に入れられ,シュヴァルツブルク(Schwarzburg)家が当主となります。現存する城の建物はこの時代以降のもので,ほとんどがこの時代に建てられたものです。

1389年

シュヴァルツブルク伯爵家がラニスをマイセン辺境伯に譲渡します。

1430年

城がヴェッティン(Wettiner)家に売却されます。

1463年

寄贈により,ハインリッヒ・フォン・ブランデンシュタイン(Heinrich von Brandenstein)の手に渡し丸。

1815年

プロイセンの手に渡りましたが,1945年までブライテンバッハ家が城に住んでいました。

1941年

ドイツ赤十字に売却され,その後アメリカやソビエト軍に占領されます。

1956年

博物館とレストランがオープンします。

https://www.museum-ranis.de/

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