ギルド(Zunft)-その既得権益と掟

社会制度

ヨーロッパ中世的世界観のゲームでも,ギルドという言葉が登場します。ヨーロッパ中世で実在した「ギルド」という組織は,一体どのようなものだったのでしょうか。

ギルドとは中世から近世にかけて存在した商工業者の職人組合で,ドイツでは19世紀頃まで,スイスでは一部地域で現在も存在しています。

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ギルドの規制

ギルドに所属する会員は,ギルドが規定する原材料を用い,加工法,販売価格,雇用,賃金と,さまざまな規制が存在していました。

師弟制度によって親方から弟子に技術が伝授され,厳しい品質規制によって品質が保証されていました。また,生活を保証するため,生産量と価格の調整により過当競争を抑制しました。

このようなギルドの厳しい規制は,品質は保証されていますが価格競争がないため,消費者は品質は高いけれども価格も高いものを購入せざるを得ない状況になります。

品質も素晴らしい(高い)が,価格も素晴らしい(高い)という,現代のドイツ製品に通じるものがありますね。

このような規則は革新的な技術の開発といった側面を犠牲にするというデメリットが一方で有りました。同一ギルド員のパン屋では,どこも同じ種類のパンが同一品質同一価格で売れれており,新商品が出ることはほとんどなかったと考えられます。一種のカルテルです。

ギルドのメリットとして,特に食生活の安全が保証されていたことにあります。中世は今のように冷蔵技術がありません。腐敗した肉や魚を混入して販売されてしまうことを,ギルドが厳しく規制していました。

ギルド員であることを示す証として,ギルドの紋章や,各ギルドに定められた服装があります。緩い制服のようなものといった方が良いのでしょうか。帽子やズボンなど,各ギルドには定められた服装があり,服装を見ればどこのギルドに所属している職人なのか分かるようになっていました。

ギルドの規制を破った者は厳しい罰則が待っていました。ギルドの規則によって罰則は違うのでしょうが,罪状とともに市中引き回しといった感じです。

規則からの抜け駆けを一切許さないのが,ギルドでした。

中世の都市とギルドの関係:ギルドの歴史

ギルドの設立

文献で確認される最も古いギルドは,945年のフランクフルトの漁業ギルド(Fischezunft)です。

中世初期のころ,一攫千金を求めた冒険商人たちが,冬の定住地として封建領主の城の付近でかつ交通の要所に集まりました。封建領主は彼らの顧客であり,領主の城は交通の要である河川と付かず離れずの微妙な位置にあります。封建領主と河川の間に商人集落ができるのは自然な流れでした。

その商人集団を統制するために誕生したのが商人ギルドです。集団内の揉め事はギルドの規則に従って処理されました。

この頃の商人集落は城外に居を構えていました。しかし城外は洪水の危険にさらされていたため,商人たちは城内に住む権利を求め始めます。

封建領主との対立

封建領主や司教といったその土地の支配者層は,当初,商人集落に介入することはありませんでしたが,発展するに従い何かと干渉をし始めます。組合といった集団を規制したり禁止したりしようとします。

ケルンを始めとして,各地で封建領主と都市の武力闘争が勃発し始めます。商人集落は目的を達成するために,城内に住む手工業者たちにも,自治を求める行動を呼びかけ,市民連合を形成していきます。

自由のための宣誓共同体」として,領主に認めさせます。

城壁の拡張

ローテンブルク・オプ・デア・タウバー(Rothenburg ob der Tauber)を訪れたことのある人はご存知かもしれませんが,外へ外へと城壁が拡張され,内側の城壁は取り壊されて門だけが残っている部分があります。

城内に住む権利を持たなかった商人たちが城内に住む権利を勝ち取り市民となり,また,都市人口が増えたことによって都市城壁は拡張されていきました。

ギルド員の構成

中世のギルドとは違う形で,その名残であるマイスター制度を今でもドイツで見ることができます。

現代ドイツではマイスターの資格を取得しないと,開業できません。資格を持っていない人は,マイスターの下で職人,あるいは見習いとして働かなければなりません。見習いは学科と実技試験を受けて職人となり,さらに一定期間職人として働いた上でマイスター試験を受けてマイスターとなります。

今は誰でもマイスターになろうと思えば,努力次第でなれますが,中世は誰でもなれるわけではなかったようです。

見習い(Lehrlinge)

ギルドの構成員になるための第一歩は,マイスターのもとに見習いとして弟子入りすることでした。ただし,見習いとして認められるためには,市民家系でなければなりませんでした。

賤民とされた羊飼いや粉挽きといった職業身分の人は,ギルドの見習いにはなれませんでした。

見習い期間は3~6年。見習いにはほとんど権利がなく,マイスターに従います。

人手不足のギルドではわずかばかりの賃金をもらえましたが,大部分のギルドでは逆に訓練費用(授業料)を親が支払わなければなりませんでした。

職人(Geselle)

見習いを卒業すると職人になれましたが,自営権を持たないので,マイスターの下で働くことになります。

すべてのギルドに義務付けられているわけではないのですが,職人は各地のマイスターの下で何年も修行した後,晴れてマイスターとしてギルドの一員に加わることができました。

職人たちが各地のマイスターの下で仕事をすることによって,ヨーロッパ域内にさまざまな技術が伝播されていきました。技術の伝播は,職人たちの移動のお陰です。

時代が下ると,いくら各地で修行をしてもマイスターとしてギルドに加わることが難しくなっていきました。都市人口が限られているため,厳しい営業制限がかけられているからです。

マイスターの未亡人と結婚するか,マイスター株(親方株:相撲か!)を購入しなければマイスターになることは出来なくなりました。

マイスター(Meister)

1人のマイスターが雇うことのできる見習いや職人の数はギルドによって決まっていました。

マイスターという地位が尊敬され,高まるにつれ,次第に排他的になり,他からの参入を嫌がるようになっていきました。既得権益化し,マイスターの人数は厳しく制限されました。マイスターの息子は同じ地位にあるマイスターの娘と結婚することが推奨されます。

  • マイスターになるためには,職人として各地を旅して修行をしなければなりません
  • マイスター試験は自費です
  • 不正が見つかった場合,罰金が課せられることもあります
  • 都市防衛のための武具は自費です
  • ギルドに会費を納めなければなりません

ギルドによって条件は異なりますが,マイスターになるためにはさまざまな条件を満たさなければなりませんでした。マイスターになるためには,腕だけでなく,ある程度の財力が必要でした。

ギルドに属さず営業するには

職人の中には,ギルドに属さずに営業する人もいないわけではありませんでした。

ギルドに属していないので,都市で営業することはできません。都市で営業できない代わりにどこで営業していたのかと言うと,王侯貴族の城や宮殿です。つまり,貴族のお抱えの職人になったのです。いわゆるパトロン付きの芸術家となったのです。

現在にも残る優れた作品の多くは,ギルドに属すことなく直接貴族に雇われた職人であり芸術家たちのものです。

本当に優秀な職人は,ギルドにとは無関係に王侯貴族から直接お声がかかり,自分の才能を存分に発揮できました。そのような優秀な職人たちは,王侯貴族の間で取り合いになります。有名な建築家などは,名門貴族の間を渡り歩いて城や宮殿を築いています。

会社の力に頼ることなく,自分の腕一本で勝負している起業家やフリーランサーといったところでしょうか。