中世のファッションの変遷

中世の人々も,現代人と同じようにファッションを楽しんでいました。

その変遷を見ていきたいと思います。

時代とともに新しい形,新しい色が誕生していきます。

富裕層は温かい革や毛皮を購入することが出来ましたが,庶民は重ね着をして冬の寒さを耐えしのぐしかありませんでした。

日本とは違い,寒いヨーロッパでは頭部を守るための帽子は必須アイテムとなります。

目次

中世初期

10世紀頃になると,服装は色彩豊かになってきます。

庶民は無染色の木綿の服を着ていましたが,貴族は色のある服を着ていました。

この頃はローマやビザンチンに代表されるような民族衣装は登場しておらず,ヨーロッパの各地域による違いは今ほどありませんでした。

オーバーコートに関して,フランケンは短く,ザクセンは長かったという記述が残っています。

ゲルマン西部(特にフランケン)では半ズボンが好まれ,北ヨーロッパとドナウ川東では長ズボンが好まれていました。

男性

頭部

毛皮やフェルトの帽子を被っていました。

今のアイルランドやロシアのような帽子もあれば,ターバンのようなものもありました。

アンダーシャツ

シャツはウールまたは木綿製で,金の刺繍が施されていました。首の開口部はそれほど大きくありません。

ボトム

ボトムは木綿製で,タイツ型のズボンでした。

色がついており,白いボトムは珍しいです。

オーバーコート(マントを含む)

寒いときに羽織るものです。

首のところで,ピンや留め金で止めていました。袖は長いこともあれば短いこともあり,流行によって変わります。紐や革ベルトで,体に固定していました。

富裕層は袖口や首の開口部に,ボタンやリボンで異なる色を加えることもありました。

女性

女性はストッキングを履かず,靴下を履きました。

頭部

既婚女性や寡婦は,髪を結んで頭巾をかぶり,髪を隠していました。

この頃の頭巾はマントと一体となっており,頭からかぶって組のところで留めていました。

未婚女性は髪を下ろすことが許され,飾りの付いたヘアバンドでおしゃれをしていました。

アンダーシャツ

男性より簡素な木綿のシャツでした。

袖下が腰まであることもあれば,袖がないこともありました。

オーバーコート(マントを含む)

男性との最も大きな違いは,スカート丈が長かったことです。未婚女性はくるぶし丈のものを着ることもありました。

素材は木綿がメインですが,下の部分はフリース等の別の素材を使用しておしゃれをしました。

中世中期

十字軍の時代です。人の行き来が少なくなり,地域ごとに特徴を持つ民族衣装のようなものが誕生していきます。フランスとスペインと比較し,違いが見られるようになります。

頭巾

様々なデザインの頭巾が誕生しました。布の一部が下に垂れ下がった頭巾が流行りました。

素材は木綿または絹です。

ボトム

男性のタイツ型のズボンがレギンス型のズボンに変わり,ベルトで固定するようになりました。

中世後期

色彩が豊かになります。

フランドルやブルグンド地方のヘニンと呼ばれる帽子が,女性の間で流行します。

ヘニンは円錐形の帽子で,上から長いベールが垂れ下がっているのが特徴です。

同じヘニンでも,その円錐形にはいろいろなバリエーションがあり,貴婦人たちは帽子のおしゃれを楽しみました。

男性は,先端が尖った靴を好んで履きました。この靴は,強く縛っておく必要がありました。

庶民の靴

貴族はおしゃれな靴を履いていても,庶民は違います。

  • 自分で掘って作った木靴
  • 足首にかけて紐で結ぶ革製のサンダル(地面の汚れやぬかるみにハマってしまうことを防ぐために,下に木の板を固定していました)

を履いていました。

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